感想 中村九郎 『曲矢さんのエア彼氏 木村君のエア彼女』

曲矢さんのエア彼氏 (ガガガ文庫)

曲矢さんのエア彼氏 (ガガガ文庫)

 内容を要約すると、「エアで彼女がやってくる! エア!エア!エア!」。もう少しどういう小説かと言う話をすれば、皆がエア彼女やらエア彼氏やらエアボールやらでエアエアする話であります。エアとはなんぞや、というのはエアって響きの段階で分かっていただけるものと思いますが、あえていうとエアギターの係累だと考えて差し支えありません。つまり、基本この小説内の人はわりとオールで痛い人なわけですが、痛くせねば覚えませぬ、と僕の中の藤木源之助も言っています通り、痛いからこそ見えてくる真実があるわけですよっ。痛い人だからこそ見える地平があるのですっ。そして、痛いからこそ中村九郎なんですっ。エアが所謂スタンドっぽいとか言ってる場合じゃないんですっ。と愚言を弄してみます。
 さておき、この小説で一番驚いたのは登場人物の痛さもさることながらですが、それ以上に全体がやたら小気味いいこと。今までの中九せんせというと、特に小難しい事を書いてるわけでもないのにやたら迷彩色にまみれた読み辛さを持っていたものですが、『曲矢』に関してはその評伝が当てはまらないのではないか? と一瞬不覚にも思ってしまう、そしてそれは一瞬の出来事ではなく、『曲矢』に関しては危うい所はありつつも、しかし連綿と続いてくことなので、これには正直驚愕です。それでいていつもの、と言える迷彩色じみた所は地の文や台詞における『ネルリ』とは別の意味での奔放さと、話の中での「エアの存在」という部分で十二、いや十三分くらいに発揮されており、それゆえにいつもよりの小気味良さが際立つ結果となっております。これはひとえにこの小説におけるキーガール、エアる人達に対するカウンター、即ちツッコミ役である所の杏子のおかげであると思われます。というか、杏子可愛いですね。可愛いにも程とか限度があるものですが、中九せんせの描くキャラにしてはやたらツッコミレベルが高い――というより、中九キャラにはツッコミが少ない傾向にあるからかもしれなけれど――のと、それでいて主役木村君との付き合いがよろしく、且つまさしくキーガールである所のギャップが、可愛さに直結している節があります。後、曲矢さんがアレ、エアのはびこるこの小説内でも格段にアレなのが更に薫り高いフレーバーとなっておるのも見逃せません。曲矢さんは本当にアレです。指示語で濁さないといけないくらい。しかも、このお話の中で曲矢さんが矯正されることまるでなしなので、結局最後までアレな人という印象のまま、最後まで突っ走るから、なおさらであります。基本的に、この小説は木村君の話だったので、それもやんぬるかな、ってやつですが。
 その木村君が当然絡んだ最後のどんでんは、おっ、と思ったのですが、それは予想が当たったがゆえの、おっ、だったりするのが自分としては自分のエンタメ道不覚悟を恥じ入るばかりです。なんでそんな先読みを発動したんだよ、わし。そんなものを使わず、ただどんでんされて、へーって言えばいいんだよ。別に、先読みできるからって偉いわけじゃないんだから、ここは黙って驚かせてもらえよ。愚か者が! とかなんとか。まあ、途中で気付いてかかかかかっと起きた事態にその話がまとまっていくのは楽しかったんですけれども。でもそれは、ネタ晴らしの時でいいのに……。話の方も、大事になる辺りよりエアエアやってる時のが楽しかったとか、思わないでいいのに……。そして、最後がまた続くオチかよ……。どうせ出ないんだろ? と思ったら次がちゃんと出るっぽいとしってマジン・ザ・ハンド噴いた。えー、出るのー。嬉しいんだけど、嬉しいんだけど、なんか釈然としない物が渦巻いているよ!