感想 杜康潤 『江河の如く 孫子物語』


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江河の如く 孫子物語<江河の如く 孫子物語> (中経☆コミックス)<江河の如く 孫子物語> (中経☆コミックス)

 大体の内容「孫子物語」。現在絶賛連載中の『孔明のヨメ。』の杜康潤先生による孫武の物語。それが『江河の如く 孫子物語』なのです。
 大体の内容であらかた言えてしまうのですが、もうちょっと詳しく見ていきますと、孫子の兵法で知られる孫武。その功績は知られるものの、史実性の面で謎の残るその生涯の、特に輝かしい場面を描いたのが、この漫画です。とはいえ、孫子の兵法の成り立ちから、その実行などは意外と地味でありまして、特にドラマチックバトルがある訳ではありません。史実上の人ではなかったかも、という不安定な存在でもあります。しかしそれでも楽しく読めるのが、この漫画の非凡と言える所です。どういう辺りが非凡かと言えば、それは二面ありまして、それが史実的に曖昧な所を嬉々として創造する所と、史実的にある所を実務的に描写する所です。
 孫武は生はともかく没年がかなりあいまい、という史実的に怪しい人物によくある、そして物語的な存在にありがちな経歴の持ち主です。その行ったことは形として、孫子の兵法として一応残っているにもかかわらず、それでもいなかったのではと思われるような存在です。その存在に一つ人となりを与えるのが、この漫画の一つ目の非凡。
 存在すら危ういのに、そこに人となりを、というのだから、それがどんなに創造的であるか、想像的であるかは、わざわざ語らなくてもお分かりいただけると思います。でもちょっというとそれを納得出来る形に持っていくのは大変難しい作業な訳ですよ。それを、あるいは嬉々としてじゃないか、という邪推をさせる程、この漫画の闊達さは飛びぬけています。本当にこういう人となりとして存在していたのでは、と思わせる、その人間らしさ。『孔明のヨメ。』でも、諸葛亮孔明を史実上の存在というより実在であった人物としての側面を創造されていましたが、ここでもその力は十分に、いや、十二分に発揮されています。特に伍子胥が暴走し始めている所を察知し、本当に暴走をする水際で一喝して止める場面などは、そういう丁々発止が行われたかはさておきなんですが、でもあの孫武が、というのとあの孫武だから、というのが同時にまぜこぜになり、この漫画のもっとも熱い場面として立ち上がります。この部分だけでもこの漫画の価値はある、というくらいに思わされるから大概に素晴らしいですよ。
 そして、第二の非凡さ。それが史実的にあったとされるエピソードの、特に派手に描かない所。「孫子姫兵を勒す」のエピソードもきっちりとやるんですが、これを特に派手に描かず、でも実際にあったこと、としてきっちりと存在を描き上げる辺りが堪らない。史実に残る国攻めの所も、やはり派手さはありません。まず戦う前の準備から入り、色々と画策して、そして戦争として戦う部分は抜いて、するっと、しかし大変な納得感のある勝利を見せます。この辺りの、派手な戦争シーンが無くても戦争が描ける、それも孫武だから、というのがいいんですよ。なにも剣戟だけが戦争じゃない、というのを見せたのが孫武な訳で、それを体現するような描き方と言えましょう。
 さておき。
 この漫画を更に深く理解させてくれるのが、巧みな1Pコラム。孫子の兵法について十数回の1Pの文章コラムを使って語られますが、これが大変理解しやすく、更にそれによって孫武についても理解が出来るような気がするし、その策がどういう風に生まれたか分かるような気がする。ゆえに漫画との相乗効果が生まれるのです。これが本当にいい仕事で、参考文献を綺麗に噛み砕いたものであります。ちょっと高い漫画ですが、それも当然と言える総合面の仕上がりであります。これは今年のこの4コマがすごい候補やで……。
 とかなんとか。