僕がよしむらかな『ムルシエラゴ』に惹かれる二つの理由

承前

 皆さん、よしむらかな『ムルシエラゴ』を楽しんでいますか? え? なんのことか分からない? 何言ってんだ! ふざけるな! そいつは俺が!
 すいません、取り乱しました。とにかく『ムルシエラゴ』は面白いのでもっと皆読むといいと思います。なので、何処が良いのか、とりあえずワタクシが好きな理由を二つ挙げて、どういうの!? という好奇を喚起出来たらなあと思います。ということで、『ムルシエラゴ』にワタクシが引かれるもとい惹かれる理由、述べてまいりたいと思います。

第一の理由「魅力的な狂気って魅力的じゃない?」

 魅力的な狂気。魅力的ですね? と、トートロジーなことを言ってみますが、しかし、魅力的な狂気というのは中々難しい。実際現実に魅力的な狂気というのはかなりめったなことでは出会えません。あるいは無理筋と言えるレベルです。そんなものはねえ! そういう発言をしたくなるくらい、魅力的な狂気というのは現実には見かけません。
 しかし、それが現実でなければ? そう、フィクションの世界に、魅力的な狂気を求めましょう! ということで、フィクションの世界には魅力的な狂気がたくさんあります。その魅力というのはどう魅力なのか、というのを、『ムルシエラゴ』の魅力的な狂気と絡めて語っていきます。
 魅力的な狂気、というと荒木飛呂彦ジョジョの奇妙な冒険』第四部「ダイヤモンドは砕けない」の頭おかしいキャラクターの話をするのが、今現在アニメ放映中ということで向いているかと思います。
 そもそも『ジョジョの奇妙な冒険』自体には狂気めいた相手、というのは実際には第四部以降に顕現してきまして、第三部まではそれほど多くないと言って間違いはないと思います。その辺は、狂気と言うのがじっくり描かないと/書かないといけない部類のものだから、というのがあるのかと思います。基本的にロマンティックな、魅力的な狂気というのはある一つの支柱が、なんでそうなる! というものであります。第三部なら亜空の瘴気ヴァニラ・アイスの忠心が行き過ぎていてた辺りはいい狂気であります。しかし、悲しいかなヴァニラ・アイスの忠心部分はバトルでも少しあるとはいえ、それ程多く描かれません。単に尺が足りないと言ってしまえばその通りのことでありますが、それ以上にバトルすることに重心があるから、描く量が少なくなってしまうのです。
 それに比べると、第四部はバトルはしますが、それ以前の生活と言う部分が結構しっかりあります。第四部最大のサイコキラーである吉良吉影の生活の部分と、それに伴う狂気の部分は、おそらく『ジョジョの奇妙な冒険』のどのシーズン中比べてみても特筆するレベルで大量に描かれます。それが積み上がっての、魅力的な狂気。つまり、魅力的な狂気はインパクト、芯も必要ですが、それを映えさせる普段も必要なのだ、ということが出来るかと思います。
 それが良く分かるのは、吉良吉影のエピソード以外の魅力的な狂気の話でしょう。そう、山岸由花子です。アニメでは能登麻美子さんが熱演し過ぎて元から立っていた山岸由花子のキャラクターが更に異次元の登り上がりを見せました。ですが、元々山岸由花子は魅力的なキャラクターです。魅力的な狂気を持ったキャラクターです。それは、やはり日常、普段から垣間見えるように、計算されて演出されています。
 山岸由花子の基本的な狂気の芯は、広瀬康一への偏執的な愛情です。愛情と言う、一見綺麗に見えるものから溢れ出る狂気。愛が付き詰め過ぎてしまっての、広瀬康一の監禁からの殺して記憶の中に残り続ける! という暴走具合は、しかし傍から見ると大変なロマンティックさがあります。魅力的ですよね? しかしそこまでの愛! そこまでするの愛! と、二つの意味で驚愕するのですが、そこに至るプロセスでも、ちょいちょいこいつ、ヤバい! と思わせるものがあります。特に英語の問題を解くことでご飯が食べられる、というだけならまだ分かる話に、Aを選んでいたら石鹸を、という罰ゲームのレベルが重すぎるけど山岸由花子としては特にテンションを上げずに、さらっと言っている辺りは素晴らしいものです。これはアニメで声が付いたことで、そして本当になんでもないように能登さんが言うせいでヤバさが倍増したシークエンスでありました。とにかく、山岸由花子の狂気は、そういう日常からも染み出してくるレベルの物な訳です。それが、狂気を魅力的に仕立て上げているのです。
 で、『ムルシエラゴ』の方はどうか、というとこいつが中々ねじくれ上がっています。この漫画の中でもっとも魅力的な狂気の人間は、間違いなく主人公である紅守黒湖な訳です。大量殺人者であり、その腕を買われて警察の狗として生きている黒湖ですが、こいつの狂気は触れてはいけないタイプの物です。だからこそ、魅力があるということでもあるんですが、その魅力に囚われるのは、深淵を覗く者は、の言葉を思い出すタイプの、危ない魅力です。
 そもそも、『ムルシエラゴ』は狂気などで人の尊厳はない、とされた相手を誅すタイプの漫画なのですが、その出てくる殺人対象より、明らかに黒湖の方がヤバいというのが困った所であり、面白い所です。というか明らかに、黒湖の方が狂っているのです。それは本当に端々で見られます。
 例えば<薔薇の牢獄編>ではある互助グループに潜入して、そこで行われている非道を、しかし自分の保身の為に洗脳されたフリをしてスルーしていたり。
 例えば<ドメスティック・キラー編>では殺人鬼となった少女を、殺人鬼から解放するのではなく全く事実ではないことを吹きこんで手駒にしたり。
 例えば<雨の誘拐殺人編>では誘拐殺人鬼に、会いたかった相手に憎悪の目で見られる中死ぬという最期を与えたり。
 とにかく書くときりがないくらい、そして狂った犯人が何故か可哀想になる、最悪な行動をしているのです。そこに、正義はない、と言っていいでしょう。悪を殺す悪、最悪の狂気具合なのです。しかし、最悪がゆえに、魅力があるのです。普段はちょっとレズい背の高い凶相のねえちゃん、料理も美味い。でも、実際その皮はすぐに裏返る。外面ですらない。単なる一面。その奥は最悪の狂気。
 先に魅力的な狂気には芯が、と書きましたが、黒湖の場合は芯はただ狂気のみ。それとも、何か奥にあるのか、というのもありますが、しかしそれが垣間見えることはなく、普通に生活もしている。それがどれだけ薄っぺらなのか、というのが、読んでいると感じられてしまう。その話が、今現在続いて、その最悪な、しかし魅力的な狂気は、今もなお積み上がっています。これが今後どうなるのか、というのが個人的に楽しみであり、怖くても惹かれる所なのです。

第二の理由「レズい」

 この漫画の車輪の片方が狂気だとすると、もう一方はレズです。百合と言ってもいいんですが、黒湖は明らかにレズなのでレズいと言いたい所です。黒湖は大体、力ずく、あるいは快楽ずくで相手を屈服させるので、百合というよりレズなのです。そこをちゃんとエロい内容として描いているのが、この漫画のもう一つ特徴でしょう。
 黒湖がレズいので、他の人も大体レズいというのがこの漫画の不文律と言えるレベルではびこっています。女性が二人いるとレズいが発生するというレベルで、今日もどこかでデビルマン。今日もどこかでデビルマン。と言うレベルでレズっています。この世界はレズばかりか! そういう発言もしたくなろうものです。どんなところでも、とりあえず女性と関係を持つことを考える黒湖の思考回路がとにかく変です。先に書いた潜入先で女性を食い物にしたり、どうやら地下闘技場みたいなとこでもそういうのやったらしかったりと、縦横無尽にとにかくレズい。
 とはいえ、ちゃんとレズい前提ではない百合もしております。レズも百合も同じ、というと語弊があり過ぎでしょうが、とにかくレズい世界観なので、百合というのはこの後無茶苦茶セックスした的な展開になるんだろうなあ。という前哨に感じてしまって困ります。でもちゃんと控えめな百合はあるのです。トラディショナルなやつが。あの子とあの子が気になりあってるけど、上手く伝えられない、とか。
 というだけならまだいいんですが、この漫画は『ムルシエラゴ』なので、そうそうまともな話になる訳ではありません。陰陽や熟未熟なものが入り混じります。陽であり未熟な百合とかは、大きくなったら結婚する! みたいなこと言っていて、見ていて可愛いなあ、で済むのですが、陰の百合とかは本当に陰です。自分を影でいじめるように仕向けていた相手に対して百合の気持ちがあって、ならまあまだいいんですが、それが行き過ぎて相手の社会生命の生殺与奪権を奪ったり、かと思ったら相手の身体生命の生殺与奪権も握ったり、その上で、反抗できない上で、高圧に出ていじめて、その打ちひしがれる様で萌え狂うとかされたら、どうしたらいいというのだ……。という陰っぷりです。


守りたい。いじめた後のこの笑顔。

 黒湖がすぐに体の関係を作るせいで見過ごし易いんですが、こういう百合、レズ、女性同士ならなんでも、というぶっぱぷりも、この漫画の特徴で、惹かれる部分であります。レズックスもあるから多い日にも安心!

まとめ

 とりあえず、狂気具合とレズ具合がヤバい。これだけ覚えて帰ってもらって結構です。それでみたいと思う人が増えたら、個人的には大変嬉しいですよ。それくらい、好きな漫画なのです。
 ということで、散!