瀬野反人『ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門~』1巻

ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門~ (1) (角川コミックス・エース)
ヘテロゲニア リンギスティコ ?異種族言語学入門? (1) (角川コミックス・エース)

 大体の内容「魔界の言語、調べよう」。新人言語学者であるハカバさんは師の魔界言語探訪の旅を、師が腰をやったので代わりに、任されることに。現地ガイド(師と現地のワーウルフのハーフ)ススキと一緒に、いざ行かん、魔界言語フィールドワークへ。そういう素晴らしく地味な漫画。それが『ヘテロゲニア リンギスティゴ ~異種族言語学入門~』なのです。
 オリジナル言語というのは、おおよそ人間に生まれれば一度は考えるものです。厨の一、二は関係なく、そしてほんの一瞬でも浮かんでくることのある、ある意味では言語を持つ種、特有の偏向と言えるでしょう。それで実際にオリジナル言語を作る猛者もいるこの世界にあって、この漫画の魔界言語はどうであるか、という話をしていきたいと思います。
 類のある、先人が進んだオリジナル言語というのはしかし、それでもまだ人間のそれに縛られています。読み書きと口承に。つまりそのどちらにも。ということはこの漫画は違うのだな? と勘付いていただければこれ幸い。そうなのですよ。
 この漫画の魔界の住人の言葉、というのは我々のそれとは、当然ですが、違います。そのジャブとしてまず吠え声でしゃべるとされるワーウルフから。そこでも吠え以外、舐めや匂いという人間のそれとは違うのをカカッとやってきます。しかも、それが吠えより強度の高いコミュニケーションとなっている、というを淡々とやっていくので、読者がついてこられるならなあ! 感がひしひしと感じられます。ハカバさんが魔界初体験だったので、彼と同じ気持ちになって翻弄される、あるいは彼の知見で成程、となる人ならむしろご褒美なレベルの淡々さなのですが、それがそんなに多いか、というと謎めいた気分になってきます。でもハマると素晴らしく楽しいんですよ。
 その若干エッジのある楽しさは、ワーウルフの次に出会うスライム族の方でもうピークを迎えます。スライムとどう話すんだよ! という動揺はハカバさんも同様で、なので一気に近付いて大声話してしまうという悪手に出てしまいます。振動がキーになるので、その肌を震わせすぎるのはよくない模様。初見殺しです。特注の話す装置でコミュニケーションは取れますが、その精神構造はやや訳が分からなくて、そのスライムの体の一部を他のスライムに入れると、そのスライムの人格も受け持つようになるそうです。上書きなのか並走なのか分かりませんが、そもそも精神を分離して継ぎ足すというのが人間では完全に不可能な領域なので、研究すると沼になるんだろうなこれ、と思わずには。
 さておき。
 話すの方はなんとか分かった。だけど書くの方はどうなんだ? という頃に差し掛かったので、それが如実なリザードマンの話に移ります。こっちも話す方がワーウルフとは違う声帯の使い方、というコマテクなんですが、さておき書く方の話です。
 リザードマンは、文字を持ちません。てめえ今書く方って言ったじゃねえか! 案件ですがだがちょっと待って欲しい。彼らに物を書くという傾向はあるんです。
 でもそれは文字ではなく、色。
 それもとても入り組んでいて、人間の目には単に色をぶわーってしてるだけに見える、それを文字として使っているのです。この場合文字でいいのか、という疑念もありますが、単に色を描く、ではこの言語のありようが伝わらないので、全く痛し痒しです。
 この、色を文字とする。というのがこの漫画の凄みとしてある、という例でもあります。色んな架空言語は探せば枚挙にいとまないですが、しかしそれもやはり文字と言葉という縛りにくくられています。発想が人間的過ぎる、とすら言えるかもしれません。しかし、この漫画は動物の生態を亜人に絡ませ、そこから生まれる言語、文字の在り方を模索しているのです。鼻がいいなら匂い。色味の理解力が高いなら色。これは、並の創作意欲では生まれないアトモスフィア。考えてて堪らなく楽しいけど、それを表現するのが手間過ぎるタイプです。それでもそれをやる。それがこの漫画を唯一無二にしているところです。というか、ネタ出すの大変そうだけど、大丈夫なのかしら。内容的にもカタルシスがあるタイプじゃない、架空言語スキーにはカタルシス百点満点ですが、ので、そういう意味でもこの漫画がどこまで行くのか。その筋では有名、という漫画になりそうですが、果たして。僕は楽しいんだけどなあ。
 とかなんとかまとめにならない感じで、この項を閉じたいと思います。