大体の内容。「<大鍋>、え、そんな形で!?」。ということで、5巻程かけて行われたタンカスロン大会<大鍋>、ここでそりゃそうだろうけど! な形で終幕を迎えました。あまりに唐突なんだけど、でも確かにこれこうなったら終わるしかないよな!? という納得と不満がないまぜになりつつ、この漫画がそう長くないのかしら、という邪推もインサートするのが、『ガールズ&パンツァー リボンの武者』11巻なのです。
何が起こったか。それを記述するのは簡単なのでカカッと書いちゃいますが、2回戦目が余りにも過酷過ぎてしまったのです。丸一日戦っているだけでも辛いのに、鬼チームの投入によって戦力は分断。それで戦闘は決着がつかない長丁場に。倒れる選手も相次ぎ、これ以上が出来る訳が無い! という状況に陥っていました。3回戦に間に合う人たちも少なく、結果三回戦はお流れになって、<大鍋>は終了します。それでもまだ何かしようとダージリンさんは画策していたみたいですが、のろしとしては済んだ。無理するな。というお姉さま達と家元の言葉(メッセンジャーはアスパラガス)で流石にリタイアとなりました。全人員をシャッフルして、というやつは確かに今やっても何もできない可能性が高いので、止めておいて当然ですが。
この後、とうとうあの人が、という段になってこの巻は終了となりますが、あの人、つまり西住みほさんが登場してしまったら、この漫画終わってしまうんじゃないですかあ!? という所見は誰しも持つと思います。しずか姫の想いはそこが最終目的という形でしたしね。それが、いきなりアンコウさんチームがポン置きされてくるんですよ。居るのかよ! というのはこの巻後半で見せていたんですが、ここで相対する形になるとは露ほども思ってなかったので、マジで不意打ちを食らいました。で、終わる!? ってなる訳ですが、この漫画自体、『ガールズ&パンツァー』に負荷を掛け過ぎるものではないか、と前々から思っていましたので、それも当然かとも思います。だって、ダージリンさんの目論見が、現在の戦車道の否定につながっている、というものですもの。あるいは戦車道というものの、戦車という戦時の物を平和な時代に添わせるがゆえに生まれる軋轢を、どういなし、どう活かして残していくか、という<道>の持つ基本的な問題点を踏襲しているのですもの。そういう作品じゃねえからこれ! というのがガルパンの良さではあるのですが、でもそこもきっちりある、という顔をするのもまたガルパンの良さです。
しかし、『ガールズ&パンツァー リボンの武者』はその枠組みをかなり突いてきています。突く突く突く突く突きすぎぃ! レベルです。ガルパンの限界点に挑む、という側面すらあります。それが想定内ならいいんですが、最近のノリは確実にそれを乗り越えてしまっている、という風に見えていました。それがこの巻では越えた、と言っていい場所が生まれました。
それが、ダージリンさんが世界という言葉を用いたところです。
世界! お姉さま方が挑んだ、世界! 戦車道の美学に則り過ぎるロールでは、世界に通用しない、というかそれ基準だと知波単が至上じゃね? と言うのも含めて、という話が、ある意味とうとう提示されてしまったのです。話が広くなってまいりましたが、そこまでの広がりを、ガルパン原作側が容認するのか? という疑問も出てきます。世界というのはあって当然の視点ですが、でもそれを日本ローカルで押し進めてたんじゃねえのか!? とか。そこをやれんのか!?
というので、今ふと気づいたのです。リボンの武者を、本家ガルパンに食い込ませないでそれでも続ける策があるのを。つまり、しずか姫たち、世界に! という方向性です。それなら、これ以上のガルパン世界への干渉も軽減できつつ、話を広げる事が出来る! これや! と思ったのですが、流石に無理な気もしないでもなく、でもこの話まだ読んでいたいだけに、みほさん戦したらエンド、にならないならなんだってしたい。そう思うのでした。
とかなんとか。