ネタバレ感想 桜井のりお 『僕の心のヤバイやつ』1巻

僕の心のヤバイやつ 1 (少年チャンピオン・コミックス)
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表紙が紙、文章がKindle版のリンク

 大体の内容「僕の心に潜むヤバイやつ」。クラスの美少女山田杏奈さんを殺す妄想をしてはほくそ笑む、市川京太郎。陽キャ陰キャ、繋がりそうにない二人が、やっぱり中々繋がらない。そんな少年期のある意味良くあるものの集大成。それが『僕の心のヤバイやつ』なのです。
 桜井のりお先生というと基本的に危険球を投げる漫画家さんである、といって然りと言っていただける人は、案外多いと思います。『子供学級』から『みつどもえ』初期の頃にあった、ナチュラルボーンヤバいから生まれるものこそ、漫画家桜井のりおの基本技であります。しかし、それは常に危険を、特に読者心理の荒廃をもたらす諸刃の剣。実際その頃のイメージで桜井のりおせんせを敬遠する、私みたいなタイプも存在します。
 しかし、元凶じゃねえ現況における桜井のりお感というものは、それとは若干趣きを異にしています。色んな意味で長期連載となった『みつどもえ』において、ダイレクト暴力などの根源的なヤバさが、変態的という婉曲なヤバさとなり、それの積み重ねによってギャグとするというテクニックを身に着けたのです。それが更に押し出されているのが現在週刊少年チャンピオン連載中の『ロロッロ』。そちらの、ギャグとして扱うヤバさのスキルは、今、僕のビンテージが芳醇の時を迎える! レベルまで高まっており、おそらく桜井先生は今後『みつどもえ』の人から『ロロッロ』の人に変わっていくと思われます。
 その辺の話はちょっとずらします。そういう、ネタな部分でのヤバいの使い方が天道並みにそうか! そういうことか!! しているのが『ロロッロ』なのですが、ではもっと根源的にヤバい部分は失われたのか、というとそうではありません。きっちりとそれを、桜井先生は保持しています。それがこの『僕の心のヤバイやつ』なのです。
 この漫画のメインパーソナリティ、市川京太郎は、いい意味でも悪い意味でも中二的にヤバいです。自分の中に殺人衝動がある、という、中学生で罹患する中二病の基本ムーブをしているのがそれです。自分の中にあるそれを、飼いならせなかった、という妄想をしてしまう。ある話です。この、中二病として圧倒的によくある、しかしそのわりに根治に対する知識が不足している部分を、市川はまい進していきます。もちろん、殺人をしていくことは全く無く、妄想して悶々です。その上で、クラスのカースト上位の女子、山田杏奈さんに対して、妙に引っかかるものがありつつも、彼女を殺したら僕のものだ、という妄想に突っ込んでいきます。勿論ここでも悶々です。
 この辺の精神の機微、というのが非常に良くつかめる、というよりは異様に現実味がある、というのが桜井先生の持つ根源的な中二メンタル、もっと言えばガキメンタルの存在を感じずにはいられません。『子供学級』の頃の粗暴ともいえるそれが、より具体性と悶々度を追加して、市川に憑依している。とでも言いましょうか。成程、市川はヤバい。殺人をやるやらないではなく、そういう選択肢を持っていると思い込んでいるというヤバさ。ガキならぶっ放せる破壊衝動を、しかし今更持ってしまったということのヤバさ。これがしっかりと出ているのです。単なるガキメンタルからバージョンアップした桜井式中二メンタルへと進化を遂げて。この辺は流石に連載を持った作家の描くものだと思わされます。
 そして、この漫画のヤバイやつというのが、実は意味合いがそのままではない点も、この漫画が得難いと思える点です。今まで記述したように、市川はヤバい、と自己申告する衝動を心に持っています。それも確かにヤバイやつなんですが、実際にヤバイのは、市川、彼の心に降り立ったやつこそ、ヤバイのです。
 それは誰かと尋ねたら、先述の山田杏奈さんだと答えましょう。
 そう、市川は山田さんに恋しているのです。そのことをこの巻終盤で市川は気づきます。いつの間にか自分の中で存在を大きくしていたヤバイやつ。それこそ山田杏奈なのです。
 実際の所、市川と山田さんの接点は強くありません。典型的中二陰キャの市川と、スクールカースト上位陽キャの山田さんとでは、住む世界が違うまであります。なのに、ちょっとしたことで市川は山田さんに、接触とか付け回しとまでは行かないにしても、以前よりほんの、本当にほんの少し近い距離に寄ってしまいました。それで、少しずつ山田さんを知り、ある時はこっそりフォローをし、またある時は明確に口説きを妨害する。そうやって、山田さんを知るにつけて、市川は山田さんが好きになってしまっていたのです。その彼女の、市川の心の中に占める面積の増大こそ、ヤバイのだ。と勝手に思っていますが卿らはどうか。
 さておき。
 それにしても、山田さんは市川視点からだというのを差し引いても、良い感じに中学生なんですよ。中学生って自分の時期を思い起こせば、基本馬鹿だったと誰もが思うでしょう。そう言う部分を、山田さんもしっかり持っているのが好感度が高い。陽キャなのに一人学校の図書館でお菓子をよく食べるんですが、ねるねるねるねを食べようとして、水を取りに、でも水場が、水場が遠い! する回とか、水をこぼしまくったり、そもそもなんでねるねるねるねなんだよだったりで、かなりの馬鹿度を見せつけてくれます。クラスだと見せない顔を見ちゃったら、それも美少女なら、くらっとなっちゃうよなあ。という心持ちになるのは市川視点だからでしょうか。
 そういう訳で、市川と、市川の心の中にヤバイ存在感を出した山田さんは果たして今後どうなるのか。市川自身が好きって気づいちゃったけど、そうなっても積極的にいくのは市川じゃねえし、本当にどうなるやらです。私、気になります!
 という大天使チタンダエル台詞を持って、この項を閉じたいと思います。