感想 画・横田卓馬 原作・伊勢勝良 『すべての人類を破壊する。それらは再生できない。』1巻

すべての人類を破壊する。それらは再生できない。 (1) (角川コミックス・エース)
すべての人類を破壊する。それらは再生できない。 (1) (角川コミックス・エース)
地味にAmazonで紙版が高値というぼったなので、Kindle版のだけ貼ってます。

 大体の内容。「この漫画を読んだ時、カードゲーム好きは+4/+3する」。神納はじめは、とある中学校の優等生。学業は学年二位を誇り、<マジック:ザ・ギャザリング>の腕前も中々。しかし、彼にはまさしく目の上のたんこぶ、常に自分を抑えて学年一位をとる女子、沢渡慧美さんの存在がありました。いがみ合う二人ですが、ある日はじめが地区のカードゲーの中心地に行くと、そこには彼女、沢渡慧美が! 並みいる強豪を叩き伏せる彼女を前に、はじめは戦いを挑む、のだけれど……。という感じで、青春とカードゲー好きだなあ、という向きに対して強力なバフをする漫画、それが『すべての人類は破壊する。それらは再生できない。』なのです。
 ゲームと青春、というものは、我々、というかアラサーからアラフォー辺りには深く根差している文言だと思います。常に寄り添ってあったがゆえに印象に残っているゲームと、常に側にあるのに届かなかったがゆえに印象に残っている青春。それが抱き合わせ商法されたら、反応しない訳にはいかないやろー! という方は多いと思います。そういう部分の少し上の年代向けが押切蓮介ハイスコアガール』な訳ですが、それはさておき、実際の内容の方も、どちらも、つまりカードゲーの部分も青春の部分も、全く抜かりなくやっておられます。横田卓馬せんせ、流石背ピンの人です。週刊連載という天才の仕事をやっていた人というのは違うな、というのも感じさせる作りとなっております。
 まずカードゲー、つまりギャザですが、これについては実は門外漢、<モンスターコレクション>勢だったのです、なので最初大丈夫? 楽しめる? って思ってたんですが、まあその辺は全然大丈夫なんですよ。勿論、本当の門外漢、カードゲーがドさっぱりだとちょっと難しいかな? というきらいはあります。ですが、ほんのちょっとでもカードゲーをかじっていたら、成程、分かる。というくらいにはきっちりと説明の注釈があります。その辺の手筋はしっかりしているのです。
 そして、それ以上にこの漫画を分かる。とさせるのは、カードゲーにある細かい機微に対して非常に丁寧な手つきでやっていることです。それは、ゲーム内容もさることながら、ゲームに対する様々な要因に対して芸の細かさを見せつけている点です。
 個人的にいいと思うのは二点。
 一つは、色々あって学校ではギャザやっていることは秘密な沢渡さんと一緒に、人の来ない神社の境内でブースターパックを開封する所。このシーンの、カードゲーやっていたことがあるなら凄まじいのレベルで「あったあった」の連呼が聞こえる内容です。どのカードが自分にとって当たりなのかというのを話したり、目当てが出るように祈ったり、開封したてのカードの香りを嗅いでみたり、結局欲しいのは相手の方が手に入れてとか、ちょっとした開封の儀の悲喜こもごもがこもり過ぎていて、個人的に大変好きなシーンとなっております。特にカードの香りを嗅ぐという、一見変態の、しかし、その気持ち超分かる行為が堪りません。匂いを嗅ぎたくなる、というのはかなり重度、二ンフォともいえる領域です。しかし、それだけ好きなのです。例えば本好きがかび臭い本の香りを堪能したくなったりするのと、例えば美味しいけど変な匂いの料理の香りを余さず嗅ごうとするのと、それは同値の行為/好意です。そこまで好きなのです。だからこそ、やってしまう。その好き加減が堪らなく愛おしいのです。そういうの、あったなあ! というやつです。
 もう一つは、この時期のカードゲーの環境、という部分が端々に描かれているところ。時代は1998年。まだ二十世紀です。ネットはまだまだ浸透し始めの頃。となると当然情報はすっとろい時代。その上で、リアルカード、この言葉も中々変ですが、が高値で流通するような時勢です。その部分の機微が、本当にしっかりしているのです。特に、この漫画のカードゲーの中心は純喫茶しぶやまという場所なのが、つまりカードゲー専門店ではないのが、よりリアリティを持っています。ギャザの普及しだした頃合い、というのでは、専門店ってまだ全然少なくて、こういう全然関係ない業種のところで、あるいはそういうのを受け入れる土壌がある場所で、カードゲーはされていたんだよなあ、というのがあるんですよ。モンコレの頃でも、カードゲー専門店とか、デュエルスペースとか、全然少なかったし、ゲーセンでブースター売ってたり対戦してたりしていたことを思うと、それがギャザならこういう状態はむしろあったろうな、と思わせるものがあります。そういう部分が、全くさり気なく出される。これが、この漫画の優れたところです。多過ぎないけど少な過ぎない。適切な情報の提示! これが上手いといって差し支えないかと。
 この情報の出し方、というのは、カードゲーの話を書く上ではかなり重要です。例えば対戦において両者の手札が完全に分かってしまっていては、どうなるんだろう、という盛り上げがしにくい。あるいは不可能です。しかし、全く出さない訳にもいかない。完全な不意打ちはご都合主義ともとられかねません。なのでその辺の情報の出し方が、カードゲー作品ではとても重要になってくるのです。*1
 で、この漫画では、というのはおーるおっけー! という鼻声が出るものです。対戦において、隠し過ぎず、しかし出し過ぎもしない。これが決めカードだ! というのを提示したところで水入り。その後の再戦でそれを、とか、このカードが使いたい、けど難しい。どうしたら。という情報の提示をされるのです。対戦の状況とかもモブの人が色々と言ってくれるので分かりやすい。ちゃんとどうなのかと提示してくれます。やっぱり週刊連載した人は天才という言葉は真実だな、というくらいに卓抜なのです。恐ろしい子
 さておき。
 ゲーム部分の話が長くなりました。青春の方面もきっちりと見ていきましょう。そもそも、二人、つまりはじめと慧美さんは小学生からの仲。その頃からずっとライバル関係、というもう後は完全に好き同士になるしかないやん! と恋愛脳でなくても思ってしまう間柄。その上で、慧美さんの知られざる側面、つまりギャザプレイヤーという秘密を知ってしまうし、それを秘密にすることを頼まれる。そして当然はじめは言わない。もう関係性が強過ぎて三回くらい連続で天和してるんじゃねえかってレベルです。その後はその関係性を突っつくだけで話が転がる状態。強い。
 ここまで青春がぶっこまれると、同じようにゲームに、エイリアンソルジャーに青春を賭した『異世界おじさん』のおじさんに謝れ! 謝れよ! という謎の言葉すら出てきます。どこをどういったら、あんな奇跡的な関係性が構築出来て、でもゲームも出来るって状態になるんだ。はじめは前世で相当の徳を積んだの? そんな言葉も出てきます。ある種怨嗟というか、出来なかった者の戯言なのですが、でも本当にあいつ凄い状況にいるんだぞ……。って顔にもなろうものです。それだけのことですよ、この環境……! お前その青春絶対忘れるなよ! と言いたい相手が、『シネマこんぷれっくす!』のガクト一人から、二人に増えました。もう一度言うけど、お前その青春絶対忘れるなよ!
 とかなんとか書きましたが、青春面もしっかりしつつ、ゲーム面もしっかりしている。それが『すべての人類を破壊する。それらは再生できない。』の得難いところなのです。ゲーム物作品では川上稔『連射王』、とよ田みのるFLIP-FLAP』と三指を形成できるくらいに優れている、というのは過たず伝えたいところ。これらに引っかかった人は引っかかってみたら? と記述してこの項を終えたいと思います。

*1:邪武丸ありさデュエルバース』はその辺が超上手かった、と好きな漫画なのでさり気なく推しておきます。