感想 池澤真:津留崎優 『異世界美少女受肉おじさんと』1巻

異世界美少女受肉おじさんと(1) (サイコミ×裏少年サンデーコミックス)
異世界美少女受肉おじさんと(1) (サイコミ×裏少年サンデーコミックス)

 大体の内容「中身完全におっさんの美少女とは!?」。よくあるおっさん臭い美少女ではなく、ガチで元々おっさんだったのが、何の因果か美少女、それも傾国レベルの、になってしまって、その上で親友(男)が魅了されてしまってもう駄目。それが『異世界美少女受肉おじさんと』なのです!
 この漫画は、所謂異世界転移モノです。異世界の神が、橘(男)と神宮寺(男)を異世界に呼び出し、望みを叶えてあげたからさあ、行くんだ。と魔王討伐を無理やりやらせようとする、という流れですが、その願いを叶えた、というのが合コンで出来上がっていた状態で絶世の美少女になりてえ、というのだったのが運の尽き。橘はその通り絶世の美少女になってしまいます。
 その上で、誰がこんなのにしろってったんだよああん!?(意訳) と神に文句を言ったら、神、ブチ切れ。俺は神だぞおらああん!?(意訳) となり、橘はただでさえ美少女のなのに、魅了の力を(ついでに騒動に巻き込まれる力も)得てしまいます。これにより、橘と神宮寺の間にラブコメが生まれる、外見超美少女の男とイケメンの男の間に、という、暗黒のムーブが為されるようになる、というのがこの漫画の概要です。
 その後の諸々は、全てラブコメする為の贄でしかないのが、この漫画の恐ろしい所。ちゃんと設定はあるっぽいですが、とりあえず全ての障壁は全てラブコメる為に存在するのだよ、ウェーハハハハ! とばかりにラブコメ展開をぶっこんできます。相手の無防備な姿でどっきんどっきん! って言うのが相手美少女だけど中身はおっさんでしかも親友、という事実を基底すると突如として危険なアトモスフィアを帯びてきます。これで橘と神宮寺が普通な親友なら良かったのですが、神宮寺はモテ男ゆえに女性嫌いに、というジャブからそれが回り回って橘がモテたら嫌だ! 俺の橘!(意訳)というごついストレートにつながってくることにより、この関係性の危険さ具合が初手から浮き彫りになっているのが堪りません。神宮寺、お前、ガワが女で中身が橘だったらどうするんだ? という投げなくていい豪直球をもりもり投げてくる訳ですよあんまりと言えばあんまりな球筋ですが、でも、そういうとこだぞ、神宮寺。それがときめきだぞ。というのを十重二十重に描ききる様は、ちょっと偏執狂じゃないですか? というレベルになっております。
 そこから算出される、俺たちは何を読まされているんだ感もまた、尋常ではないので困ります。これはこのラブ筋を推奨していいのか、止めさせたらいいのか。判断がつきません。とりあえず止めさせる選択肢は無さそうなので、おれに……どうしろというのだ……。というポルナレフ感をもって推移を見守るくらいしかできない訳ですが、それにしたってもうちょっとこう、手心をというか……。なんですが、その台詞が出たら当然、痛くしなければ覚えませぬというカウンターが放たれます。こうだから、こうなのだと。でもそうすると我々はどういう痛みを持って何を覚えさせられているんだろうか? というわりと致命的な部分が分かってないので、もうちょっと前提条件教えて下さい! という発言をしてしまうのも無理からぬと思っていただきたい。俺は、おっさんと(元)おっさんのラブコメを今、見せられている! ということが生み出す謎のパワリオワーに脳がくらくらきます。それも、かなり自然なラブコメとして見れるという二重に謎のパワリオワーに!
 そう、姿がロンダリングされているので、えぐみが極端に薄いのもありますが、それでも男と男、シュっとしたおっさんと美少女になったおっさんのラブコメがですよ、自然と受け入れられるのですよ。これはもう魔技と言って差し支えないものだと思います。読んでいた時は気づかずでしたが、書いていて正気に戻ってくると、あれは大変変な漫画だったのではないか? というあらすじの段階で気づくことに再度気づくという未明の精神状態になります。それもBLややおい的とはまた違う、男オタ好みしそうな雰囲気でそれを、BL的なものをやられているという事実がそこにあることにも、やはりあらすじで分かることなのに再度気づくという仕儀であります。つまり、あらすじで思うようなこと異常の厳然たる事実がそこにある、という感じです。すいません、考えれば考えるほどなんであんなにすさっと読めたんだ? という謎が明確に立ち上がってきて、キバヤシ顔で「ノストラダムス!」って言いたい気分なんですよ。わりと訳が分かってない状態なのです。
 これは、この漫画に何かしらの秘奥がある、ということの証左なのではないか、と思うのですが、それがなんなのか、というのは全然見えてこないという状態です。感覚的にこの辺、というのはあるですが、明確に言語化出来ない、と言えばいいでしょうか。つまり、なんとなくだがこいつはヤバイ! というやはりあらすじ(略。なんとなく、ラブコメ、それも男子系ラブコメの方向に舵を切っているから、という言葉は出るんですが、済まん意味が分からない。
 そう言う訳で、おっさんとおっさんのラブコメ、というBLに寄りそうなのに男子系ラブコメに落とし込まれるという謎の力すなわちパワーに満ちた漫画。それが『異世界美少女受肉おじさんと』なのです。