教養としてのまんがタイムきらら系漫画 第三回

この項について

 きらら系漫画にだって教養は出来る! という面構えのもと、やっていく漫画紹介の項です。そんなもん掲げているので、当然教養ってなんだぁ? とはなりますが、そこに肉薄する話というのが書けるかと言うと微妙なラインでありまして、つまり教養と言うのを捏造しよう、という所作になるまで時間はかからなかった。
 とか言いつつも、今回は若干教養っぽいネタにはなってると思います。必須かどうかと言うとやはり微妙なラインですが、そういう道もある、というのを示してみれればいいかなあ、とかなんとか。
 今回はわりとマイナーな一作を、ちょっと違うようないつものような、まあそんな感じで。
 ということで今回もいってみましょう。

第三回 小池一夫イズムと険持ちよRPG不動産』

小池一夫険持ちよ

 いきなり小池一夫という名前が出て、ワッザ!? となっている方もいるでしょうが、そもそも知らない、という向きもいらっしゃると思います。と言って、ここで小池一夫さんについて語って行くのは項の趣旨と反するので、ググレスカ、といって終わりにしたい所です。でも、ちょっとは説明すると、『子連れ狼』や『クライングフリーマン』の原作者として知られる方です。一昨年に故人となられている方でもあります。
 その名前が、劇画系の原作者の名前が、何故きらら系漫画の話に出てくるか、という点は不思議に思われる方もおられるでしょうが、そこは大変単純に、きらら漫画を描いている険持ちよ先生が、小池一夫さんの門弟だから、ということだからです。今回はその事実がどういう意味を為すか、と言うのをカタっていきたいと思います。

小池一夫イズムとは

 小池一夫さんという原作者について、私が知っていることはそこまで多くありません。その著書を読むようになったのはつい最近だからですし、故人となられているので、これ以上情報は増えない。ですが、それでも分かるくらいに漫画以外の著書で語っていたことというのが、キャラクターが第一義である、というキャラクター至上主義、本人の著するところではキャラクター原論、でしょう。
 内容的には色々ひだがありますが、創作においてキャラクターというのが大変大きいのだ、至上なのだ、というのがワタシが勝手に思っている大意です。それ程ずれているとは思いませんが。
 これは、ストーリーも世界観も、キャラクターの為にある。あるいはキャラクターがあるから、ストーリーも世界観もあるのだ、というレベルのキャラクター原理主義です。特にストーリーに関しては、キャラクターがどうするか追いかけるからこそストーリーは成り立つ、という話をされています。とにかくキャラクター重視なのです。これについては異論のある方もいるでしょうが、今回はそこに対してはそーなのCARくらいの気に留めで済まして、先に進めます。
 とにかく、キャラクターを立てることが作品を立てるということだ、というのが、キャラクター原論であり、小池一夫イズムなのです。

やはり出てくるか凶獣の板垣恵介

 と、いきなり板垣恵介先生の名前を出しましたが、これにはちゃんと訳があります。それは板垣先生も小池門弟だった、ということです。そして板垣先生を見つめることは、自動的に同門の険持ちよ先生についての視座を得る事が出来るのです。やや迂遠ですが、ちょっとやっていきましょうか。
 さておき。小池イズムでは、キャラクターを大変重視されます。そして、そのキャラクターはやりようによっては創造主に対して多大なゲインを与えるものだと、大体言っておられました。とはいっても、全く同じままのキャラクターでは、時代を乗り越えていけない。そこに柔軟に時代に対応できるキャラこそを、生み出せ、とも言っておられたのです。ある意味では、そのキャラクターで一生食っていけることを、それくらいのキャラをこそ狙うのだ、という意味だと勝手に拡大解釈をしています。
 ここで一段面白いと思える板垣先生の、それも恵介先生ではなく巴留先生にあったエピソードとして流布されるものがあります。それは恵介先生が、巴留先生の漫画に対して、「そのキャラで一生食っていける!」と言ったとされるものです。ストーリーとか世界観とかではなく、キャラを褒めるというのは、普通に考えると微妙な褒めに見えますが、小池門弟としては高い賛辞なのです。それも、一生食えるなので、小池門弟としては、あるいは板垣イズムにおいても最上級のものとなっています。そして、この言によって一生食えるほど優れたキャラを、という小池イズムが、恵介先生を経由して巴留先生に流れ込む、というエピソードとして、大変趣深く、面白いことだと思います。

板垣恵介の漫画家特性

 そういう意味で、小池イズムをしっかりと継承し、一生食える刃牙キャラというものを持つ板垣先生は注目に値します。一生食えるキャラを作る。それが実際に可能である、というのを示しているからです。
 そういう視点で見ると、板垣恵介漫画、というものの実情、と言うモノも見えてきます。その視点の話をしますが、まず皆さんは板垣先生を格闘漫画家だと思われているでしょうが、それは実は微妙に違います。
 実際の所、板垣恵介漫画というのは、格闘漫画ではなく格闘”キャラ”漫画なのです。格闘を魅せるのは、格闘するキャラクターの動きの為の余技でしかないのです。
 そう考えると、板垣先生の暴虐っぷりにも一定の理解が出来ます。ストーリーが定期的にジャガるのも、キャラクターがぶれてみえるのも、その前に立つキャラクターを立てる為に行っているのです。この瞬間のキャラクターの為なら、克己は腕が吹っ飛ぶし、烈海王は死にます。そして、克己に烈海王の手が移植されます。どれも、その瞬間のピクル、宮本武蔵、愚地克己の為だけに行われているのです。
 この瞬間で正しければ、ブレても構わない、という強い意志を感じますが、この、時節によって変わっていくというのは、先述の時代に合わせたキャラに、という部分に響き合います。時代に対してブレて、ずれていくことで、刃牙シリーズは今も連載され続けている漫画としてあり続けていると言っても過言ではないでしょう。

全選手入場から見るキャラクターを立たせるということ

 そもそも、板垣先生は漫画家として色々迷いがあって小池門弟になったそうなのですが、そのキャラクターを立てる、という話ですぐさま大覚して今の地位にいる、というのでやはり凡百の漫画家とは違うのを浮き彫りにしてます。大覚しても適性がないと出来ないものですが、板垣先生には天稟がありました。それも超性能のが。
 その超性能が一番分かり易いのが『グラップラー刃牙』の最大トーナメント編での、所謂全選手入場です。以後の格闘漫画、例えば高遠るい『はぐれアイドル地獄変』でもオマージュされていたくらいにインパクトの強いシーンですが、これがキャラ立てと言う視点からするとずば抜けて凄い仕上がりなのです。
 この凄さ、書いて理解させられるか、というのはありますが、それでもやってみますと、まず出てくる選手の大半が全く今まで欠片もでていないキャラクターである、ということが既におかしい。知ってるの3分の一しかいない! それなのに、読んだ後にその出てきたキャラクターの印象がしっかり残るのです。
 そういうものだからじっくり描かれているか、というとさにあらず。使われているのは1ページに2コマの中で、1人1コマで姿とアナウンサーの台詞、それもイン殺さん的に言うならマッドアナウンサー概念で、出自について言うよりひたすら煽るだけです。それで一話の大半を使う、というバランスもちょっとありえないレベル。
 更に最後に刃牙が出てくるところの盛り上げ方も凄く、2ページ使うという破格の上に、その方向を見る観客の顔とマッドアナウンスの組み合わせによって、刃牙がこの漫画の主人公である、というのを強烈にアピール。色々出たけど最終的に刃牙だけ覚えておけばええんや! という割り切りさえあります。普通そこまで割り切れないのは、先述『はぐれアイドル地獄変』の全選手入場でも、主人公の海空さんに「範馬刃牙の登場だーっっ!」的なのをしてない辺りで、くみ取れるかと思います。
 そしてそれゆえにこの全選手入場が、キャラクターを立てることだ、という一つの解として、漫画の教科書があれば絶対に載せたい、キャラ立ての最高峰になっているのです。

RPG不動産』から見るキャラクターを立たせるということ

 さて、実はあまり関係ない板垣先生の話が長くなりました。全選手入場の凄さを語りたかったので、こういう構成になっていますが、そろそろきらら漫画の話に、それも険持ちよ先生の『RPG不動産』の話に向かいましょう。
 『RPG不動産』はファンタジー世界の不動産屋さんの話です。ファンタジー世界ゆえ、当然我々の世界とは違うアトモスファイアに満ちていますが、そういう世界でも住宅事情というのはまた、当然ある。ファンタジー世界の住宅事情。それだけで、十分に話になるだろ? というしゃっつらで、この漫画はやっていくのです。
 その部分のジャブは当然1話目。主人公の1人である琴音さんが、私の住む部屋を、この値段でお願いします! とやり、RPG不動産のルフリアさんとファーちゃんと一緒にお部屋を回る、という話になっています。最終的に、そのRPG不動産に琴音さんが新入りで、というサプライズをかましつつも、それ以前にこの漫画がどういう漫画か、ルフリアさんとファーちゃんがどういう人となりなのか、というのを1話でしっかりやってきているのです。
 そして2話では、1話では顔見せだったラキラさんのキャラクターと、ルフリアさんのキャラクターの掘り下げを抜かりなくしてきます。戦士職だけど女の子なラキラさん、というのが、仕事場に厨房があって、料理も作っている、というのとか、女の子に見られたい欲求が色々と出たりとかで魅せる様は圧巻。
 対してルフリアさんは仕事できな感じに見えつつ、色々と残念というか、抜けているところがある、という掘り下げがされます。1話目で結構クール系だな? と思った所でタン! と落とす様、意外とできではない、という辺りは名人芸の域です。
 さておき、この漫画にはファーちゃんに対しては地味に重要な事実あるのですが、それがしかし超さり気なく、ギンギラギンにさり気なく埋め込まれていて、再読するとそのさり気なさ具合には唸らされます。ファーちゃんが天真爛漫な感じでバタバタするので、そのことが特に本人にとっても周りにとっても不思議な事ではない、という処理なんですよ。ここがお美事! お美事にございます! と虎子状態になります。これが後々まで引いてくるとは、であります。
 このファーちゃんの意外な事実というのが、この漫画の推進力、謎という推進力として、通奏低音として流れているのです。

そう、謎!

 小池イズムというのは、一にキャラ、二にキャラ、ですが三にはキャラではなく、謎、となるくらいには、謎は小池イズムの根幹にあります。
 この謎、というのはミステリー的な謎か? と大きめに思いがちですが、そんなにがっとした謎でなくてもいい、でも謎としてはつけておきたい。というやや矛盾めいたものがあります。
 この辺のアトモスフィアは具体例を出して説明した方がいいと思うので、先ほど適当に語った『グラップラー刃牙』の最大トーナメント編を例にしながら話します。
 まず、最大トーナメント編に謎なんかあったかよ!! となる方がいるでしょうから、まず何が謎かを速攻例示しますが、最大トーナメント編の謎、というのはどっかのジャックではなく、誰が勝つか、という部分です。この試合のどちらが勝つか。これが最大トーナメント編の基本の謎です。
 こう述べて、成程、と思われるでしょうか? 小池イズムにおける謎、というのはこのラインからスタートします。大きな謎もあれば当然いい。でもちょっとした謎と、それのちゃんとした解答、というのがお話において必要だ、と小池一夫先生は言っているのです。
 勿論、最大トーナメント編には大きな謎もあります。これは刃牙が優勝できるのか、というものです。主人公、それもこの漫画でまず勝つだろうと思われる刃牙に対して、勝てるのか? という謎に仕立てる為に、他のキャラがある。他の試合がある。そういうのが最大トーナメント編の基本構造なのであり、それが故に刃牙の勝利の行方は最大の謎たりえるのです。

RPG不動産』の大きな謎と小さな謎

 さておき、小池門弟である険持ちよ先生の『RPG不動産』でも、当然謎というのがあります。先述のファーちゃんの大きめの謎もそうですし、2話目で基本のキャラ立てが完成するルフリアさんやラキラさんのちょっとした見せていない面とかも軽い謎としてあります。しかし、この漫画の謎の面で面白いのは、不動産業に謎解きの要素を絡めているところです。
 不動産業で謎解き? とクエスチョンマークがぼんがぼんが出ていると思いますが、まあ待ちねえ。それにはちゃんと訳があります。というより、そもそも不動産業は謎解きなのです。
 またクエスチョンマーク連打でしょうか? でも、実際不動産業は謎解きと言っていいのです。それは借主、あるいは貸主の求めるもの、求める解に上手く調整していく、もっと言えばそこにある解答に向けて詰めていくという側面を持つからです。
 1話目でも、琴音さんがこの予算で! というのをしながら妥協点を探していく形ですし、逆に家が広すぎて、という貸主の要望を上手く解決する話もあります。どう考えても住めないだろこの状態! が一転して、逆にだからこそ住める! となる魔王城跡地の回などもあります。そこに対して、謎があり、解いていくという小池イズム基本ラインはしっかりと成立しているのです。
 ということで、メインとも言える不動産業の謎解き、というのが『RPG不動産』の基本ラインとなっています。個人的にはペガサスと一緒に暮らしたい、という話がこの不動産謎解きで一番好きです。ペガサスは馬のがたいで翼まである、という一種の巨大生物で、今までは家が田舎で広かったから良かったけど、都会では……。という部分で四苦八苦しながら最終的に逆転の発想に到達するとこがいいカタルシスとなっていたと思います。
 ちなみに、これら借主さん達は後の話でも手助けをしてくれるという地味なサプライズがあり、それがこの漫画の悲しみの絶頂でいい方に刺さる、というウルトラHをかましてくるので、その点も流石の小池門弟。キャラ使いが美味い、と言えるでしょう。

大きな謎の軌道

 ファーちゃんの謎、というのについてここで語るつもりはない。というより、まだ解明されていない所が多いので、迂闊な事が言えないとした方がいいでしょう。大体これくらいのことか? という類推出来るものはあるのですが、まだ確定していない。ノーカウントなんだー! という状況です。この辺りの、大きな謎ゆえの周回軌道の大きさが、この漫画の着地点が見えない要因となっています。こちらの読みを、どう外して着地するか、という勝負の様相すら呈していると言っていいでしょう。
 その着地点の見えなさに対して不満が出てこない、とりあえず私は不満に思っていない理由があるとすれば、きちんとこまめに、繊細に大胆に、伏線か? というものをちりばめつつ、しかし基本は不動産謎解き、という手つきがきちんとしているからでしょう。ただ大きな謎をいたずらにチラ見せするのではなく、細かい謎解きの隙間にひっそりとそれを忍ばせる。そうやって広げて、それを回収した時、その大きな謎の軌道を感じさせる。この上手さが、この漫画の面白さの担保になっていると言って過言は無いかと思います。

でも、やっぱりキャラなのよね

 担保があっても現物がないと最終的にはどうにもならないのはよくあることですが、この漫画のキャラクターというのは原資としてしっかり立っているので、その点についての心配は杞憂です。
 ちょっと抜けてるし魔法使いとしては弱小だけど、相手の事をきっちりと考えられる琴音さん。天真爛漫でトラブルメーカーだけど憎めないし謎も大きいファーちゃん。クールに見えて意外と危なっかしい面もあるルフリアさん、戦士職で男勝りなところもあるけど、誰より女の子でしかし戦闘服がクソエロいラキラさんの4名が、色んな物件に対してあーだこーだする。それが楽しいのが『RPG不動産』の、実に凄い所なのです。
 突然ですが4の法則をご存知でしょうか? 新城カズマ先生が著書『物語工学論』で挙げていた法則で、登場人物は4名単位がもっとも扱い易く、出来が良くなりやすいという法則です。2名は基本だけど、往復するだけである。3名でも繋がりパターンが3種しかないまだ足りない。4名なら、一気に6通りの関係性が描ける、というものです。5名だと今度は多過ぎる、となります。賢明なる読者様なら、それらから思いつく作品もあるかと思います。
 この説からすると、『RPG不動産』は見事な仕事をしている、と言っていいでしょう。メインの4名に対して、外接される依頼人があるだけで状況が変わってくる。それぞれが違う目線を持っている。というのがきちんと出ているのです。ルフリアさんがちょっとした英雄の方をいい家に! となって高等な家を探す中、もしかしてこういう素朴なとこがいいんじゃないか? となる琴音さんという流れを見せる回などを見ると、本当に美味い、というのが分かってきます。
 で、その4名の持ち味と弱点と関係性が上手くまじりあい、仕事をこなしていく様を見ているだけで楽しくなるんですが、これは本当に凄いことなのです。それが進んで、4名が普通に生活しているのが楽しい、の域に達するに至りますから。もうそうなったら、その上大きな謎まであったら無敵じゃねえか……! の段階です。縁さんに凄い謎がある『ゆゆ式』みたいなもんですよ。というと、本当に無敵か……!? ってなるから『ゆゆ式』は強いです。
 話が逸れる前に続きを行きます。
 このキャラクターの良さ、というのは基本4名に留まりません。個性的な借主を1話でキャラ立てしていく様も見事ですし、琴音さんの妹、鼓ちゃんと響ちゃんのキャラ立ても一つの話の中でしっかりしていて、それでいて話を停滞させないスピードでカカッと立ち上げるところとかは完全に匠の域です。これを書いている段階ではまだ出ていませんが、3巻収録範囲で妹ちゃんたちは再登場し、更にキャラをカカッと立てるという離れ業もやってのけているので、本当に険持ちよ先生の小池門弟としてのスキルが仕上がっている。そう感じる次第です。
 この、キャラクターを立てるのと、謎をまぶすのと。どちらもきちんとした仕事で、小池門弟の仕事とはこうなのである、といういい一例として、今後も連載を続けて欲しい物であります。

まとめ。そうねえ。

 今回も長くなりましたが、そろそろまとめに。
 険持ちよ先生の『RPG不動産』は、小池一夫イズムに裏打ちされた確かなキャラクターと確かな謎を二輪として、小池一夫イズムを今に伝える、そういう仕事をしているという話でした。
 小池一夫イズムというのは、キャラクターがあれば話は出来る、というわりと雑なところもあります。そこを謎を込めるとかでフォローしている、という部分もありますが、どんなストーリーでも、どんな世界観でも、視点キャラと謎がいないとどうにもならない。という手つきは、ワタクシ大好物の類なのです。正しいからというより、ジャイロ・ツェペリの言葉で言うなら「納得は全てを優先する」でしょう。雑なところはあると認めるけど、それ以上に納得させられるものがある。
 その部分を、今、色濃く継承しているのが、険持ちよ先生の『RPG不動産』なのだ、という風に勝手に断定して、この項を閉じたいと思います。
 次回はるんちゃんを毒殺したことで有名な人の代表作についてになると思います。いたしまーす! んがぐぐ。

RPG不動産 1巻 (まんがタイムKRコミックス)