ネタバレ感想 秋田禎信 『魔術士オーフェンはぐれ旅 ハーティアズ・チョイス』

魔術士オーフェンはぐれ旅 ハーティアズ・チョイス
魔術士オーフェンはぐれ旅 ハーティアズ・チョイス

 大体の内容「キースが全部持っていく!」。本当に、キース”真顔の変質者”ロイヤルが全部持っていくお話。それが『魔術士オーフェンはぐれ旅 ハーティアズ・チョイス』なのです。
 このお話は、オーフェン1部1巻目の所と無謀編を繋ぐミッシングリンクな時期の話ですが、本編のノリにキースをぶち込んだらどうなるんだろう。という昔我々が思ったことはあっても公言はせず、胸に秘めた事象を、秋田先生が現在の筆力でやってしまうという、夢がかなったというか悪夢が出てきたというか、とにかくおかしい感じのインシデントなのです。
 と書いて、最近オーフェンに入って、キース・ロイヤルについて知らない、無謀編は読んでない人もいらっしゃるでしょうから、少し解説しますと、無謀編はドラゴンマガジン誌で連載されていたオーフェン短編集です。かなり昔なのと、神坂一スレイヤーズすぺしゃる』の影響が誌面に色濃く、短編と言えば馬鹿をするものだ、という薫陶のもと、編み出された短編集。それが無謀編です。
 無謀編は、オーフェンが旅に出る前、あるいは旅から定着したトトカンタで起きるお話です。ただ、『スレイヤーズすぺしゃる』が股旅ものだから可能だった、出てくる登場人物がピーキーというのを、トトカンタオンリーでやってしまい、ピーキーな人がどんどん出てくることによってトトカンタが単なる魔境なってしまったという側面がありました。
 その魔境の中で燦然と輝くのが、無謀編登場人物で『ハーティアズ・チョイス』にも登場の無能と書いてコギーと読むのコギーさんの家の執事、キース・ロイヤルです。大体頓狂なキャラが多かった無謀編でも、超ド級のおかしいやつ。話が困ったらこいつが大体悪い意味でなんとかしてしまう。出てくると大体話のSAN値が下がる。あまりに便利なので縛りなのか終盤出番が少なかった印象すらある。それがキース・ロイヤルなのです。つまり、無謀編最終兵器なのです。
 その、ある意味無謀編を象徴するキースが、普通にシリアスの本編ノリで登場したらどうなるか、という攻めなくてもいい内角を攻めて、しかし事故らず成功しているという狂っている話。それが『ハーティアズ・チョイス』なのです。
 今、事故らずと話したな。
「ああそうだ大佐……、助けて……」
 あれは嘘だ。
「うわあああああああああああ!!」
 ということで、放してやりつつ、嘘を言ったと陳謝します。事故ってはいます。元々茫漠としてよく分からん、全体的になんだったの? という感じの話で、個人的にはシャーロックホームズ作品の『オレンジの五つの種』が思い浮かぶくらい、読者におめーの席ねーから! という感じで情報が与えられない作品が『ハーティアズ・チョイス』です。その訳の分からなさは事故と言って差し支えない。他のオーフェン作を読んでないといけないのか? という要素な気もしますが、それ以上にほぼ何もわからないをデフォで突き進めた方がよかろう、という匙加減な気もします。最低『コミクロンズ・プラン』読んでないと駄目なのかしら?
 さておき。
 そんな事故的な、訳の分からない話ですが、とりあえずキースが全てを解決します。無謀編でも大体全てを解決した、あれら事象を解決と言っていいなら、キースなので、そりゃまとめちゃうよね。とは思うのですが、全体として素っ頓狂過ぎるんだよ! などと力強く叫びたくなるオチがつくので困ります。
 ネタバレ感想といいつつ、その部分に対するネタバレはしたくない。というか、昔オーフェンを読んでいた人は、特に無謀編を読んでいた人は積極的に摂取して、うん、これこれ! と井の頭五郎顔になっていただきたい。
 そう思うので、キースが全てを解決する、という大枠のネタバレをぶちかますだけで済ませたいのです。実際、キースが全てを解決する、という文字列を見て買いに走った私が言うので、間違いは決してない! と思っていただこう!! なのです。
 実際お話としては、ケシオン・ヴァンパイアとかオーロラサークルとか、マリアベルエバーラスティンとか、覚えのある単語が頻出するわりにはやはり何がなんだったのか分からん無茶苦茶さなんですが、その中で完全に閑職にいたハーティアが、色々あってやる気を取り戻す話ではあります。
 そう、ハーティアが受付係をしている、という導入から始まる話なのです。
 お前トトカンタとはいえ重要職についてたんじゃなかったのかよ! なのですが、作中では無謀編より結構前、まだコギーが訓練生で無能だとバレていない辺りです。
 つまりオーフェン1部1巻の辺りとなら相当年月が違う、というので、なんとか這い上がったのか、というのが理解できるところです。そのモチベーションが、この話で畜養された、という感じなのかなあ、と勝手に判断するところであります。
 さておき。
 キースの話をすると大体ネタバレの深度が濃くなるので、そこについてあまり言えないのが切ないですが、まああいつのことだから無茶するんだろう? という問いにはどちらかと言えば大イエスです。それも、秋田先生が天然で正気のねじを外れていた前期無謀編ではなく、理性で正気のねじを外していた後期無謀編のアトモスフィアです。
 だからこそシリアスノリにも接続出来るのですが、正直正気で正気のねじを外すという離れ業は、この話の無茶苦茶さと相まって、秋田先生無茶しないでください! と老婆の心がビシバシチャンプする御業となっています。そして、この仕上がりを見るだけでも、昔のオーフェンファンの方にも絶賛お薦め出来るものだ、と断言出来るのです。
 もう一つの見所として、エバーラスティン家、つまりクリーオウん家の姉であるマリアベルさんが、なんでオーフェンをみそめたのか? というオーフェン史上でもわりとずっとあった謎の回答が地味にあります。あまりに地味なせいで、ほんの一瞬。俺じゃなけりゃあ見逃しちゃうね。という面に、オーフェンファンならなれるくらいに地味です。
 全体的な、えっ!? それだけ!? みたいなとこが、オーフェンシリーズを完全接続しようとするがゆえに生まれる貴重なインシデントとして立ち上がっているのです。
 正直、別にそこ接続しなくても良かったのでは? という疑問は重々承知ですが、それでも接続してみよう、という秋田先生のサービス精神には帽子と一緒に髪がずれ下がるくらいに脱毛です。よくやるわホント……。
 ということで、大体キースが全てを終わらせるせいで、この話、どうクラッシュするんだろう……! って目線が導入されることにより、世界が崩れる系のホラーみたいな味わいもある一作となっています。このオーフェン傍流接続系はもう一作くらいでるらしいので、とりあえずコミクロンズ・プラン読んでまってみようか。そう思う吉宗であった。
 ということで今回はこの辺りで。