ネタバレ?感想 住吉九 『ハイパーインフレーション』1~5巻まで

ハイパーインフレーション 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)
ハイパーインフレーション 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 大体の内容「贋札をめぐる戦い!」。ということで、『ハイパーインフレーション』の既刊5巻まで読み終わったので感想をしたためてまいります。
 『ハイパーインフレーション』とは? 両親をカブール人奴隷狩りに殺され、次は戦闘を隠れ蓑にした奴隷狩りに姉をさらわれた少年、ルークが神の力としてこの漫画世界の最大勢力ヴィクトニア帝国の1万ベルク札を生み出せるようになって、その力で姉を奪い返す! という方向性でやっていく漫画です。
 この漫画のすごいところは、件の1万ベルク札が完全に元の同じベルク札、なんだけど、同じ過ぎて通し番号まで同じ、という最大の弱点が早々にわかるのに、でもその弱点を完全に隠しつつ、その価値を使っていくという剛腕と繰り出されます。見逃すための賄賂から、オークションの価格吊り上げ、更にギャンブルでいきなり100万だして相手を強引にドロップさせるなど、マジでこの能力の弱点がばれないように、しかしそれでも使う、というテクニックが際立ちすぎです。ルークが12歳とは思えないクソ度胸と才知で乗り切っていくのを楽しむ漫画なのです。
 そのテクニックの行き着く先が、1万ベルク札を大量に、具体的には数十億分出して、その贋札をいちどきに売って経済を大混乱させるぞ! という脅しに使う形です。数十億分を、というのでもう無茶苦茶なんですが、その無茶苦茶がそこまでの流れできっちりできるんだ! という理解状態まで読者にぶち込まれるため、置いてけぼりとかは全くありません。いわば、出来る! 出来るのだ!! って感じです。おれはできるぜ、おれはできるぜ。そうか、できるのか。
 そういう話はさておき、この漫画の妙味は、1万ベルク札の贋札というの以外に、際立ちすぎたキャラクターと知識力と漫画力に裏打ちされた情報の流し方です。
 際立ちすぎたキャラクターについては、どんどんと成長していくルークもいいんですが、それ以上に作の代名詞の二人、強欲商人グレシャムと敏腕官吏レジャットが際立っています。
 グレシャムはルークの姉が売りさばかれる原因を作ったやつで、序盤でやられる中ボスのような立ち位置なんですが、それがこの漫画ではずっと生き残り続ける、どころかルーク側についたりレジャット側についたりと裏切りまくるのにやっぱり生き残り続けるという、トリックスターぶりを発揮しまくります。ルーク側についてた時もいつでも襲えるように私兵を秘密裏に、とかしています。
 ついでに、全てのものに価値を見出す、というか換金可能だとする精神性をしており、人の命は60万ベルク! とか言って殺してるやつにキレたりします。贋札が生み出せるルークの価値も、どんどん高まっていって1000億! とかつけたりしてます。
 そんなアレなキャラクターに見えるグレシャムですが、そのあまりの達観振り、自分を全くの無価値だとしたり、あるいは利益の為ならなんでもするという姿に読者もいつのまにかこいつおもしれえな? ってなってすっかり去就が気になるキャラになってしまっています。
 個人的にはグレシャムの右腕、フラペコ(超有能の情の男)とのめぐり逢いの話がとても素晴らしいんで紹介します。
 いい家のボンボンだったフラペコですが、戦争とインフレのせいで家は没落。自身もそのインフレに翻弄されながら、商人が隠した荷を奪うということで金を稼いでいました。
 そんなある日、グレシャム商会の隠れ荷を狙ったフラペコは、しかしそこで隠れ荷の中に潜んでいたグレシャムに遭遇! ここはよくも俺のとこの荷を! と言うかと思ったら、他の荷の位置もわかるんだろ? 一緒に盗んで売りまくろうぜ! といきなりフラペコに加担する形に。
 これが縁で、フラペコはグレシャムの部下になるんですが、ここのなくなった荷についてグダグダ言わず、今ある荷を、それも隠れ荷だから当然表立って言えないようなものなわけで、盗んでも報復はない確実な利益として見立て、そっちの儲けにもう目がいっている、というガチの利益厨っぷりを発揮します。ついでに、そういう盗みを考えたフラペコの才能も見抜いて、という部分もあるのですが、それでも隠れ荷の中で待ってて来なかったらどうするつもりだったんだまで含めてマジで怪人物としか言いようがありません。
 この怪人物と向こうを張るのが、敏腕官吏レジャット。元々はルークと同じカブール人ながら、ヴィクトニア帝国で働き、カブール人に数百年に一度くらいに現れる特殊な力持つ者を調べていましたが、そこにその力があるルークが、ということでルークを狙う、んですが、そんな関係ながら最初はルークの味方だったりもします。
 カブール人で特殊任務ということで秘密裏に動いていたせいでルークと同じ奴隷狩りにあってしまって、というのでルークとは一時的には仲間という形になるんですね。そこで、親交を深めつつもルークを狙っているのがわかり、袂を分かちます。
 その後、一度別れた後はルークの贋札が何をしでかすかを気づいたレジャットは、それを防ごうと動く、という、ある意味では正義側の動きをするようになります。
 実際、レジャットにとって正義は大変重要で、その筋を通す為に理詰めで捜査権をきっちり得るよう動いたりします。そして、レジャットにはある隠された過去があり、それが正義を求める理由になっていたりします。
 このレジャット、捜査力、推理力、諜報力、扇動力とどれも高いレベルにある有能官吏ですが、地味に戦闘力も高く、この漫画における武力の基礎ラインとしてある、野生児ダウー(『ゴールデンカムイ』の羆枠)とも互角に戦えるというので、作中では最も人間としてレベルが高くなっています。結構序盤でダウーと戦うんですが、その後にダウーの強さが積みあがっていくにつれて、レジャットやべえな! ってなっていきました。ちょっと強すぎますねこの人。
 この二大怪人に、ルークは狙われたり組んだり狙われたりする、というのがこの漫画の基礎的な形です。
 もう一つの知識力と漫画力に裏打ちされた情報の提示部分は、特に解説パートで顕著に出てきます。
 贋札をどう使うか、という部分や、贋札をどう封じるか、という部分で話される紙幣の作り方などは、必ず入れないといけない、作の重要な情報ですが、普通にするとダレ場になりやすいところでもあります。
 そこに対して、知識の面できっちりと話すべき部分はどこかというのを取捨選択しつつ、漫画としてどう面白くするか、というので贋札師と贋札殺しの話を織り込むことで謎のタイミングで挿入される極太感情矢印とかやってきます。どちらも油断ならないのです。
 その解説パートの中で一番好きなのは、『ハイパーインフレーション』のタイトル回収がされるハイパーインフレーションの解説。単にこういうことがあった、というのを、フラペコ(グレシャムの右腕。超有能な情の男)が実際に経験したという形で話すことによって、話として整理され、しかしきっちり情報が情をもって報ぜられるのです。経験した話をする、というのが如何に人に話を理解させるのに向くか、という理解が捗り過ぎます。この辺の知識力と漫画力の両輪が組み合わさって素晴らしい漫画として立ち上がってきております。
 そういう知識面の時のマジ面と、それなのに折々で知能指数が低下しすぎるアホ面、そして決めるときは決めるイケメン面が合わさって、この漫画は独特の味わいを持っています。アホ面の時は本当に知能指数無いの? なのにマジ面とイケメン面をきっちり魅せることでこの漫画はマジなんじゃないか? ってこっちをアホ面にしてくれます。その辺の乱高下が吹き荒れる5巻は、だから読んでいてどういう気持ちで読めばいいの? みたいにされます。悪魔的漫画ですねえ……。
 ということで、話の軸とキャラと知識力と漫画力が組み合って、たまにアホの面になるのになんかしゅごい……、ってなる漫画。それが『ハイパーインフレーション』なのです。