格ゲーを遊ぶことと強いことと心強さと

GUILTY GEAR -STRIVE- スターターエディション 2022 - PS4
 格ゲーで強いのは正しいのか。正しいのかと聞いているー!!
 と突如五飛顔になっておりますのは、岩崎夏海&稲田豊史『ゲームの歴史』で、格ゲーについて雑過ぎる騙りをしていたのを読み、大変グログロした気持ちになってしまったからです。そりゃ五飛も出るわってもんですよ。
 どういう内容かというと、格ゲーは強くないと楽しめない、つまり弱い人が強い人に勝てる可能性がないから楽しめない、と一蹴する、だけならまだ可愛気があったんですが、それが『バーチャファイター』の時点で言い出すのです。スト2の話を全くせず、なのです。
 めちゃ許せんよなあー! になるのも理の当然です。更に、バーチャに比べて『鉄拳』はエフェクトが派手だしガチャプレイできて楽しい、初心者も取り込める、とか言い出しますから、格ゲーマーなら大体イラつく上がりで、メチャクチャ厳しい人たちが不意に見せた優しさをマジかなぐり捨てんゾしてボロクソに言いたい気持ちなのです。
 しかし、ただキレ散らかすのも生産性がない。ストレス発散ゆえ生産性がなくてもいいんだけど、これを他山の石として、格ゲーについて考えるのもありかなと思い、この項を書く次第です。事実誤認とか色々あるでしょうが、そういう理由で変なことを書くかもしれません。ダメだと思ったら突っ込みいれてください。直すし励みになります。
 というのはさておき、それではいってみましょう。

格ゲーの楽しいとは

 早速、格ゲーでまず何が楽しいのか、という疑念を持つことから始めましょう。上記の『ゲームの歴史』では、対戦して勝つことが楽しい、つまり勝てない人、弱い人は楽しくない。という論法をカカッとぶち込んできました。中平正彦版スト3漫画でのオロの台詞、「教本通りじゃのお。千手先まで読めるわい」だったかな? とりあえずそういう、あまりにもベタ過ぎる予定調和の格ゲーdisですが、これが『鉄拳』だとガチャって楽しいとか言い出んですよ。バーチャでもボタンガチャガチャレバーガチャガチャ出来るやろ! 複雑なコマンド少ない分、むしろバーチャのがガチャガチャ向いてるだろ! と言いたいですがそれはさておき、ここで汲み取るべき点は弱い人が強い人に勝てないといけないか、というところです。強い人も、弱い人に稀に負ける可能性がある方がいいのか、とも言えます。
 これについては、様々な角度の補助線が引けます。弱い人にも勝てる可能性がある方がいい、だったり、強い人はちゃんと積み立てて強いんだからそこは峻別すべきだろう、だったり、変なギミックで有耶無耶は勘弁な、だったり、なら運の要素を高めるのは? だったり。*1
 そう考えると話が永遠じゃねえ、無限だよ。とハイロー構文しないといけなくなるので、ここは格ゲーは強くても弱くても楽しめるのでは? という線を引いてみようと思います。
 当該の本の理屈では、勝てないと楽しくない。それは正しくはあります。勝敗のあるものは勝つと楽しいようになっています。
 しかし、それは一面の真理でしかありません。というのも、どうあっても負ける時というのが来るからです。人は全部勝ち続けるということは出来ません。全ての人が、どこかで負けます。勝者と敗者がある以上、それは厳然として、存在する部分です。つまり、必ず、ならばつまらなくしてやる、という局面が来るということです。いつかは勝てない、つまり面白くないになるのです。これは、バーチャのことの引き合いに何故か出てきたマリオカート*2でもあることで、対戦していれば必ず負ける時があります。それも、マリオカートは運要素強めでそうなります。というかそっちのが闇深いだろ案件です。
 タイムアタックなら? それでも、最もベストな自分に勝てない状況が続くこともあります。特に自分のギリギリの限界のとこを攻めるなら、抜きたい自分に負けまくりなのがデフォルトです。
 詰まるところ、勝つを目的にする場合、必ずどこかで負けることを考慮しないといけない。それは弱い人なら多いでしょうが、強い人でも負ける局面はある。勝てないのが楽しくないなら、格ゲーのみならず対戦ゲームはおしなべて楽しくない状態になる、と言っていいでしょう。
 でも、対戦ゲームって楽しいですよね? あるいは、当該の本では対戦ゲームは面白くない、という立場なのかもしれないですが*3、そうはいっても対戦ゲームは楽しいのは、諸賢には自明だと思います。
 それは、必ず勝てるからでは、当然ない。負けることもある。なんなら負けまくって一勝もとれないかもしれない。でも、それで面白くない、とはならない。なる人もいるけど、そうでない人もいる。まだ弱くても、強くなりたいと思う人もいる。多くはなくても確実にいる。当該の本ではそこのとこが抜けているのだと思います。大きなマスでないと、眼中に入れない、とも言えましょうか。まあ、アメリカでのメガドライブの市場規模をアウトオブ眼中してたので、メインストリーム以外、オルタナティブなとこは全部スルーなのが当該の本の癖なのかもしれませんが。
 話がそれました。強い弱いと楽しいの話です。強ければ勝てるから楽しい、というのは先述通り一面です。上記のように負ける局面が必ずと言っていいほどあるからです。そして格ゲーにおいては勝てなくても楽しい、という地平、別の一面があります。
 わたくしもこういうの書くくらいなので格ゲーや対戦ゲームは大好物。しかし下手の横好きです。つまり弱いのです。例を挙げるならGGSTでは10階未達なのですし、あるいは『スプラトゥーン3』もバンカラマッチでBどまりだったりします、それでも格ゲーは楽しいと思えますし、対戦ゲーも面白いと思います。
 それは、その腕前でも勝てる試合があることもありますが、負けたとしても楽しいと思えるからです。お? 負け惜しみとかではなくてな? お?(落ち着け)
 いや、実際問題勝ったら楽しいというか楽しすぎるんですねそりゃあ。勝つと永遠に勝ちたいまで思ってしまうくらいに、楽しい気持ちになります。しかし、上記の通り永遠に勝つというのは可能ではありません。弱いので尚更負けは多いです。
 でも楽しい。それは格ゲーの面白さが強い弱いだけではないからだ、と言えるかと思います。そりゃあ、強い方が楽しいのは確かなのですが、弱いから強いへ、そこに向かっていく、というのもまた楽しいのです。
 例えば、自転車に乗りたい、というので乗ろうとして失敗する。その時、そこで止まる、乗らなくてもいい! になるか、進む、失敗しても乗る! になるかの違いとでもいえばいいでしょうか。つまり、弱いから強くなりたい、という方向性をもって行動するならば、負けがつまらないということはないのです。それもまた先の楽しさへの布石になるのです。負けが次の勝利の足場となる、とでも言いましょうか。つまり今は負けても次は勝つ。そういうメンタルがあれば、格ゲーは負けても楽しいといえるのです。
 そういう強くなろうとするムーブでは、負け試合を振り返るのも楽しくなってきます。当該の本なら、絶対にそんなのが面白いとはあり得ない、とでもいうかもしれません。でもあの動きが出来た、あるはあの動きが出来なかった、というのを確認する行動は、面白さをちゃんと含んでいます。そういう弱いから面白くない、というのを超える楽しさというのもあると、ここでは言いたいと思ったのです。
 まあ、それ以前に格ゲーはキャラクターを動かすのが楽しいというプリミティブな側面もあるんですが、この項もいい加減長くなったのでそれは別の機会としたいと思います。
 で、結論としては強いから面白い、弱いから面白くない、ということは単純には言えない、というものでしょうか。強くなろうという気持ちがあるなら、そこは負けても楽しくなるというものなのです。
 もちろん、全てのゲームをする人がその領域にある、とは流石に言えませんが、しかし全くそういう層がない、というのもまた言えないのではないか。そういう悪魔の証明みたいなことを言いつつ、この項を終えたいと思います。

*1:後半はPS2ソフト『仮面ライダー剣』を念頭に入れています。あれはギミックと運要素のせいで対戦ゲームとしては相当あかんやつでしたが、一発ネタとしては楽しいゲームでした。

*2:マリカー!? マリカーナンデ!?

*3:雑な内容で繰り出されてジャーゴンになっている”ハッキング”と”箱庭”にはつながらないように見えるし。