跳ねなくて格ゲーがマッハなんだが……。

【PS5】ストリートファイター6

この項について

 格ゲーがなんで跳ねないのか、というのを書くようでいて、なんか解説文章みたいなのに自動的になっていく謎の項となっています。
 格ゲー、マジまた跳ねていいと思うんですよ。スト2の頃くらいに。白竜台詞でいうと「でかいシノギの匂いがするな!」ってやつになっていい。それくらいのポテンシャルがある。でも難ある。そういう話をしていくつもりで訳分からなくなってます。まあいいか。趣味の文章だし。
 今回は精神と時の話。訳分からない導入から訳分からない話へと向かってまいります。
 さておき、それではいってみましょう。
 その前に三部作へのリンクを。

 それでは今度こそ行ってみましょう。

参:精神と時の難

精神の話

 格ゲーの難点に、精神面があるのは論を俟ちませんが、俟つ人もいるだろうから、何故精神面が格ゲーの難点になるかの話をします。
 格ゲーはよく精神を折りに来ます。初心者から初級者帯は特に折れやすいものです。これについては、とにかく楽しくなるまでに時間がかかり過ぎるという話がよくされるものです。
 これに関しては全く持ってイグザクトリィですが、個人的にはそもそも論で初心者帯は対戦はするな、という考えを持っていたりします。ちょっと長くなるので後述しますが、とりあえず初心者はまずCPU戦で勝てる動きが出来るようになってください、と書いてカカッと先に進めます。
 何故格ゲーは楽しくなるまで時間がかかるか、というと、基本的に中級者レベルにならないと対戦の勝ち負けの機微が分からないからではないか、という気がします。
 か、勘で言っている! ですが、流石に長年格ゲーやっているので、その辺は勘でも分かります。長年中級者どまりでも、格ゲーは新しいのを楽しく出来る、というのは中級者ゆえに格ゲーの楽しみ方が分かっているから、というのが大きいからと自分のふりを見ています。下手なりに今でも新しい格ゲーに立ち会いたいと思っているし、実際やっていっているので、どっか頭のねじが抜けている可能性すらありますが、さておきそこが考え方の違いとしてあるのではないでしょうか。
 なので、中級者レベルになれば、格ゲーは勝っては勿論負けてもなんのかんの遊べて楽しいのですが、初心・初級者帯の人がそこまで行くまで楽しくない、というのは理の当然ではあると思います。その境地は結構道のりがありますから、たのしめない! とキレるのもしょうがない。
 また、初心者帯はお互い分かってないので気にならないですが、初級者帯では所謂分からん頃しがぶいぶい幅を利かせるところがあります。
 分からん頃しとは特定の行動で訳を分からなくしておっ倒すムーブのことですが、これはまだゲームの知識が浅い人にはてきめんに効いてきます。そして訳が分からんまま負けるので、楽しくない、となる。
 そもそもまず格ゲーの楽しさが勝ちと負けにある、負けも含めて勝ちがあるのが分かってない段階で、相手の強引な勝ちを押し付けられたらそりゃ嫌になろう。それに、それに勝つ為の知識をどう仕入れるか、どう見出すかも、初級者帯では難しい。そこが中級者と初級者を分ける部分でもあり、なんなら中級者でもてこずるとこなので尚更難しいのです。
 この辺りの難しさが、格ゲーが跳ねない理由としては妥当なとこかと思います。

まず動かせることから始める

 格ゲーの対戦は楽しい。超楽しい。この楽しさは中々代用品がないもので、なので格ゲーは素晴らしいとなるのです。しかし、初心者帯の方は対戦しない方がいいかもしれない、と常々考えていたりします。
 というのも、まず持ちキャラクターの動かし方に熟知していくことの方が、初心者帯が初級者になる辺りで折れない、転ばぬ先の杖の役割を果たすと考えているからです。
 自分の持ちキャラがどう動けるのか、あるいはどう動くのが強いのかを知っているのといないのとでは、対戦で得られる知見に雲泥の差があります。自分が何を目指しているのが分かると分からないでは、差が出るのは理の当然でしょう。
 そして、何が足りないか分かっているなら、どう改善するかの目算も立ちます。自分で解決するのもありだし、他の人に聞くのもあり。どちらにしても、何が問題か分かっていれば、解決の糸口も掴みやすいのです。
 そういうのもあって、初心者帯ならまず持ちキャラの動きを覚えるべき、対戦はもうちょっとしてから、と言う訳です。
 対戦しないなら何するんだよ。となるでしょうが、まずはCPU戦をしていくのがベターと考えます。トレモでやることを覚えて、それをまずCPU戦で試す、というのがオススメです。初心者帯ならCPUでも歯応えはありますし、それを倒せる、となれば少し自信が付きます。持ちキャラを動かせているという積み重ねをしていくと、そこそこ折れない精神にたどり着くのではないか。そう思う訳です。
 長くなりましたが次の項にいきましょう。

時の難

 格ゲーの時間面での難は、費用対効果が分かりにくいとこにあると私見してみます。
 ゲームで効果を感じるのは基本楽しい時です。この楽しい時はゲームによって現れ方が様々ですが、他ゲー、例えばRPGなら戦闘に勝利していくこと、その中でキャラが育っていくこと、その育ったキャラで更に勝利して、クリアすることが楽しい時です。そして隠しボスなどの要素があっても、最終目標がかっちりあり、終わりがあります。ゲームとして楽しませてくれる時が分かることは、費用対効果もきっちり分かるということなので、そこを値段から逆算もある程度可能で、これだけ遊ばせてくれるな、となります。
 翻って格ゲーの場合は、楽しい時は結構遠い。そして基本的に終わりがありません。スト6がもうすぐ出るのに、スト2している人もいます。それくらい終わりの概念が曖昧でいくらでも遊べるのが格ゲーの良さの一つで、そこまで行けば費用対効果は抜群です。しかし、そこまで同じゲームに時間をかけられるか? と言う視点を入れると、むしろ時間の使い方として難があるようにも見える。
 この辺が痛し痒しなとこです。そこまで時間を捧げられるか? は終わりの概念があいまいなゲームでは、むしろそのいくらでもが仇になるとこだと言えるでしょう。いくらでも遊べるけど、どこまで? で、たじろぐのもわかるとこです。
 また、RPGならゲームの要素を少しずつ出して、それをシナリオと絡めて、そしてまず弱い敵から、となりますがら格ゲーはいきなり要素全部入りから始まり、戦う相手も同じくらいの相手と延々戦うことになります。RPGはある程度進むと昔の敵は相手にならない、という時間をかけた分の積み重ねを実感しやすい。
 しかし、最近の格ゲーのネット対戦はいくら時間をかけても五分の相手と辛勝惜敗の繰り返しになる。楽に勝てるという目に見えた成果がそんなにない。特に初級者帯ではそこが辛い。中級者になるとどこが上手くなったか、が朧気ながら見えてきますが、上手くなってるのか分からんまま対戦する、が面白そうに見えないのも理の当然です。
 これについてはランク関係がある対戦モードでの話だ、と言うのはその通りです。そう言うのが関係ない、フリーで対戦するモードなら、となるとこですが、そっちはそっちで腕前の差が開いた相手とも戦う為、やはりある程度そのキャラを自在に動かせて、その動かせた上でどう勝てたか、負けたかというのが分かってないと、やはり辛い。腕前が近い人とのプレイヤーマッチみたいなのの方が全然いいです。というか、初心者の方が対戦したい、というなら近い腕前の人との対戦に特化した形がベストでしょう。
 時の難は他にもあります。対戦できる時間の難です。する人ごとに、対戦に使える時間というのはある程度決まってきます。それがド深夜帯だったり、ド早朝帯だったり、人が基本寝ている時間だと中々マッチングしない、という部分もあります。これについては夕方からやれ! ですが、そう簡単にいかないこともあるのは事実。解決策が中々ないの、そういう時間の難もある、という話にしかならないですが。

まとめ。そうねえ。

 精神面は初心者帯から初級者帯で挫けやすいので、そこを自分がキャラを扱えているという愉悦で乗り切ってほしいなあ、という感じです。
 時間は格ゲーに注ぐ価値が見いだせないとつらいよね、という感じです。
 詰まる所、格ゲーにもりもり意欲がある、というのはある意味特異体質なんじゃねえのか、という結論がそろっと出てきます。でも、結構な数のそういう特異体質者はいるとも思います。松井優征『魔人探偵噛ネウロ』のキャラクター、アヤ・エイジアの「ダイレクトに脳を揺らすのよ」理論みたく、格ゲーに対してダイレクトに脳が揺れるタイプの人がまだまだ潜在しているんじゃないかと。それくらいに、格ゲーは面白いので、もっといろんな人が脳を揺らすがいいや! と書いて、何か良く分らん論考を終えます。