格ゲーは何を目的に始めるべきか

唐突に思いついた

 以前どっかで書いた格ゲーの話から思考が発展して、何のために格ゲーするんだろうか、何を目的に始めるのだろうか、という謎の問いが生まれました。
 格ゲーなんだから対戦やろ、と言われるかもしれませんが、それだけなのか? という地点に着地してしまったのです。なんだよこれ! どこだよここ! と仮面ライダーレンゲル顔になってしまいますが、意外と話広げられそうなので、このネタをとっくり考えてみます。

まあ、そりゃ対戦なんだけどさ

 まず格ゲーをすりゅ! という時分に想起されるのは対戦です。
 これは一つ、動かし難い事実ではあります。格ゲーをする、というのは大体対戦するとイコール、と世間からは見られている。
 そして大体の格ゲーマーが格ゲーすると言うと対戦をすることを意味するなどと、その気になっていたお前の姿はお笑いだったぜ。
 格ゲーをする、というのは対戦するとニアイコールです。単純にイコールではないのです。そこには細かいあわいがあります。
 まず格ゲーを始めるのは単純に対戦する為。イコールではなくニアイコールだとはいえ、この部分は当然多い。そこは認めないといけないでしょう。
 対戦は格ゲーの花形であり、メイン足り得ます。そこを目的に遊ぶ人も多いでしょう。
 ですが、格ゲーするというのは何も対戦だけではないのです。

キャラ動かそう!

 例えば、トレーニングモードで練習するのもまた格ゲーするの一端ですし、CPUと対戦するのも一端です。そしてそれらは格ゲーするの中でも、自分の動かしたいキャラを動かせる様になる為の練習行動です。
 つまり、キャラを動かせるようになる、と言う部分単体でも格ゲーは始める価値はあるのでは? というのが今回言いたいこと。
 ある意味では格ゲーの面白さは対戦とキャラを動かせることの二本立てです。これが両輪とならないと、格ゲーの醍醐味は得られない、というのは私見ですが、そう間違ってないかと。格ゲーしたいと言う時に対戦しないで練習するのも楽しめると、格ゲーは長続きするのだ。キャラを動かせるようになるのが楽しい、と言う側面があるのだ。そう言いたいのです。

キャラを動かすだけで楽しいの領域

 というか、キャラを思うように動かせること自体が大変面白いのだ、と言う側面は格ゲーではあまりクローズアップされない気がします。
 対戦で戦えるにはまず自分の持ちキャラを自在に動かせないといけないのに、そっちのことは無視して強行動だけに頼るだけで楽しいの? ってなるわけです。
 行動の強い弱いは当然あり、強い行動をしていくのは格ゲーの基本です。当然やる行動ではあります。とはいえ、そこに何故強いのかという感得がないと応用力に欠ける。覆された時にどうするかわからなくなります。
 ここで何故強いかが分かっていれば、逆にどういう時弱いか、あるいは隙はどこか見えてくる。こういう部分の知悉がある、意味が分かって強行動を使えれば何をしているか理解できて対戦が楽しくなるし、そもそもそのキャラの動きができているという自負も生まれます。
 勝てるのは楽しいですが、そこに重きを置き過ぎて、キャラを動かす楽しみが限定的になって、そしてそれが通じなくなると楽しくなくなる、では格ゲーしてるのに勿体無いのです。
 その点、キャラを動かせることを目的化すると、もっといろんな動きを試して洗練していくのが楽しい、となってきます。
 実際、私は現在進行形でスト6でベガを触ってますが、まだまだ手付かずの動きが多く、それを詰めていくのが大変楽しい。調べたり、自分で考えて動きをできるようになるのが堪らないのです。この辺の楽しさ、堪らなさをもっと喧伝されるべきなのでは?
 なので、格ゲーは自分の持ちキャラを動かせること自体が楽しいのだ、と啓蒙しようとしている訳です。
 いや、マジで自分の持ちキャラの動きがこうだ! って妄信して遊ぶの楽しいんですよ。こう動くキャラや……。って手前勝手やるの楽しい。そもそも、そのキャラを自分の手足の如く動かせるのは格ゲーの面白さとして特筆ものなんですよ! この為に格ゲーやる、まであります! 最近ご無沙汰ですが、GGSTも偶にジョニーの動きに触りたくてやることもありました。ミスキャンやらディール関係やらでなかなか独特の遊びができるので偶にやると楽しいんですよ、ジョニー。この為にシーズン3パス買ったまであります。
 とにかく、それくらいキャラを思う様に動かすのは楽しいのです。その為に格ゲーするまである、くらいに。
 なんかまとまったので今回はここまで。