結構関係を考えるのは面白いです
格ゲーマーのガチ勢とエンジョイ勢は陰と陽。陽と陰かもですがこの場合どちらでもよくて、どちらもどちらの要素も併せ持つ♡している感じがあります。エンジョイ勢についてカカッと考えたらなんかこれガチ勢に繋がっていくのでは? みたいな想起がありまして、ちょっとそこを考えながら記載していくことで形にしたいと思います。
妄言の類なのでこやつめ、みたいな感じで読んでください。
さておき、それではいってみましょう。
ガチ勢とエンジョイ勢は基本は同根である
これは当たり前だよなあ? ということですが、まず当たり前から解きほぐしていかないと何も始まりません。基礎をちゃんと見ることから、全ては始まります。
ということで、格ゲーマーの基本は格ゲーをしていることです。この格ゲーをしている理由は様々ですが、一番は勝ちたい、という点などと、その気になっていた俺の姿はお笑いだったぜ。
勝ちたいは確かに動機の一つで大きいファクターですが、もう一つ前の段階をそっくり抜いているので、一番ではない。
では何が一番か。
それはキャラ動かしたいです。勝ちたいよりも対戦したいよりも先にこちらの方が先に来るはずなのです。このキャラ動かしたい、というのが格ゲーをする理由のド最初です。
ある程度格ゲーしていれば、勝ちたいという意識がキャラ動かしたいを先行する場合もありますが、まずキャラを動かしたいから格ゲーはやっている、という部分は忽せには出来ません。
そしてキャラを動かしたい、から動かせたら楽しいになるのがエンジョイ勢であり、動かして勝ちたいになるのがガチ勢、という分岐になると勝手に決めつけます。その帰結が勝利に向かうか、という点ではエンジョイ勢とガチ勢では違いの出るところですが、このキャラ動かしてえなあ、という点では軌を一にするのです。
エンジョイ勢のガチなとことガチ勢のエンジョイなとこ
この"キャラを動かしたい"の軌道が同じだからこそ、ガチ勢の延長線上にエンジョイの機運があったり、エンジョイ勢の軌道の中にガチの萌芽があったりします。
例えばエンジョイ勢であっても勝てるなら勝ちたい、というのは当然ある。勝ちにこだわるのラインがガチ勢とは違うかもしれない。動かしているだけで満足かもしれない。でも勝ちたいというのはある。この辺がガチの萌芽として、エンジョイ勢でもあるでしょう。
あるいは、ガチ勢でも動かしてて楽しー! という局面は往々にしてある。それが勝利に直結しなくても、いやしないからこそ楽しいという場面すらある。ガチる中で妙な楽しさを見つけるのは、それはそれでエンジョイの機運といえるのです。
そういう見方をするのが許されるなら、エンジョイ勢とガチ勢は違うものだけど融和する面、あるいは近接面があるのでは? ともいえそうです。つまるところ、ガチとエンジョイは対義語のようで実際に対義なとこはあるものの、陰の中に陽がありまた陽の中に陰があるような入り組んだ関係なのでは? というのが思いついたことなのです。
もっとフレキシブルに
エンジョイ勢がガチ勢が、とやってきましたが、エンジョイ勢がガチ勢になる、あるいはその逆でガチ勢がエンジョイ勢に、というのもよくあることです。これは結局の根本がそのゲームでこのキャラ動かしたいというところにつながっているから、という謎仮説を立ててみます。そして同じ元だからこそ、ガチとエンジョイを行き来出来るのではないか、とも推論として立ててみます。
そう考えると、我々はもっと軽々にエンジョイ勢とガチ勢を行き来してもいいのかもしれません。というか、サブキャラ触るのってわりとエンジョイ遊びなのかもですし、メインキャラを決める、というのもガチ遊びといえるのかもしれません。となると思った以上に平素でガチやエンジョイを切り替えているものなのかも。
そういう意味では、ガチだとかエンジョイだとかくだらねえぜ! 俺の歌を聞けえ! って脳内熱気バサラが突撃ラブハート歌い出すくらいには、互いに差があるというのはどうでもいいことなのかもしれません。同じゲームをするもの同士でしかないのかしら。
まとめ
「そうねえ。同じゲームしてるんだから仲良くしよう。でいいんじゃないの?」
「そうですね」
と、さっくりまとめましたが結局ガチでもエンジョイでもゲームを楽しみたいという点においては同じ思想で、それの枝分かれ程度の差くらいなんじゃないか。あるいはお互いにお互いの要素もあるのではないか。というので、やはり熱気バサラが歌い出すくらいにはくだらないことなのかもなあ、とか考えます。こう考えるのがエンジョイ勢なんだよ、とか言われたらそれまでですが。
とかなんとか書いて、今回はここまで。
仲良く行こうぜ! したらな!
