ただ寝るだけの苦痛

「いいかね? 人間と言うのは何もしないという事が苦痛なんだ。 だから、にいととかひ きこもりの人はそれゆえの苦痛。 「自己想定内世間体」という妄想によって多大な苦痛を受けている場合があるんだよ」
「はあ。 しかし、なんでいきなり座談式なんですか?」
「『いいかね?』って言いたかった」
「バカか」
「甘んじて受けよう。 でだね、なぜかわからないけれど、何もしてないと何かしたくなるんだ。 でも何も出来ない。 このジレンマによってひどい苦痛を味わうんだ」
「ただ漫然とするのが楽じゃないと?」
「そう感じない人も当然いるだろうけれど、ただ時が流れていく事への寂寥感と焦燥感は人の精神をたやすく破壊するんだ。 これを強要するのは一種の拷問だね」
「でも、それでお金がもらえたら楽じゃないですか?」
「うん」
「えー? そこは否定してくださいよ」
「そこの所は『ぼーっと考えているだけでお金が』っていう感覚だよ、私。 だから、そういう境遇に叩き込まれたいよ」
「それはそれで駄目人間台詞ですね」
「だね。 だが、まあ往々にしてそれじゃ嫌だって人もいるけどね。 まあ、そういう人はその境遇になる前は『ぼーっと』している人を心底嫌っていたってことが多いんだから、要は身から出た錆みたいなもんだね」
「用法が変ですよ」
「さておき。 『何もしない人』というのが出てくるって事は、要は人手が足りている事であり、また『何もしない人』がすぐに死なない、つまり何とか生きていける社会だと言う事であるわけで、戦後から今までそういう「人がすぐ死なない」社会を目指してきたんだから、百点満点に近い社会になったんじゃないかと思うんだけどねえ。 なぜ、『何もしない人』だと憎まれるのかねえ。 これでも結構生きられるために苦しいのに」
「生きられるために苦しい?」
「ああ、つまり『何もしない人』だとすぐに死ぬ社会なら、何もしないで死ねるのにってこと。 苦しんで苦しんで苦しんで生きて更に何もできない事に気づかされて苦しんで苦しんで苦しんで生きてゆかされるというのは、恐怖ですらある」
「恐怖…」
「『やりがい』『生きがい』『情熱』っていうのは、実はこの恐怖に裏打ちされているじゃないかと思うね。 そういうものにすがらなければ、何も出来ずに生きているという事実の前に、人は立てないんじゃないだろうか」
「うーん。 そうもネガティブな後ろ盾というのは納得しかねますね」
「だろうね。 まあ、今日はこんなもんで〆としましょう」