第一回 題目『相手に強みを出させない方法のいくつか』

 建設途中のビルの更地にあたしと、もう一人。これからどつき合いだ。
 あたしは彼我の戦力を素早く見積もる。こちらは無手で相手は長柄物。刃は無いが、だからと言って侮れる訳は当然無い。それも、あの小兵に扱えるのかというくらいの大長柄。己のの身長より倍はある物を持って、しかし相手に隙は見られない。ついでに場もひらけている。大長柄には絶好のロケーションだ。
 少ない時間で更に状況を見る。使えそうなモノは、……、そこそこあるか。これをどう組み立てるかが、こちらの腕の見せ所ではあるな。
 と、小兵から声が届く。
「やっぱり、止めにしませんかね、こういうの」
「なんで?」
 あたしの返答に、「……、え?」と困惑する小兵は言い募る。
「だって、これ、状況を決めるとか、そういうのじゃないでしょ。それはもう通り過ぎたあそこで起きてる事ですし。僕をここに呼び寄せた時点で、あなたの仕事は完結してるんじゃないですか?
「そうだよ?」
「だったらこれ、無駄で、単に面倒くさいだけじゃないですか」
 その言葉に、あたしは笑みを深くする。
「そうだよ。面倒事。それだからいいのさ。特に意味のないどつき合いだからとんでもなく面倒くさいぞ。そして勝っても負けても、どちらにしろ禍根を残すから更にいい!」
 小兵は溜息をして返してくる。
「……あなた、頭おかしいって言われません?」
「わりと言われるよ」
 それを合図に、あたしは動いた。


 彼我の距離は、それなりに離れている。とは言っても、相手の得物のリーチ内にはわりとすぐに入ってしまう。ここでする行動は内に入るか、ギリギリ外で無駄振りさせてやはり内に入るかだ。
 と、相手が思うのを逆手に取る。
 あたしは接近すると見せかけて、近くにあった石を拾い、
「ていっ」
 投げつける。それも一つや二つではない。ていっていっと投げつける。
「な、何を!」
 小兵はその長柄物で器用にこれを弾く。一発も当たる感じじゃないが、まあ、それが本題じゃない。
 最後の一個を投げたあたしは次の武器を手に取る。単なる角材だ。長さは相手のに比べると全然だが、何もないよりはましだ。それを持ち、目くらましを振り払った小兵に一気に接近する。途中で小石も拾っておく。
「あなたはっ!」
 おお、いい感じに温まったな。若い若い。こっちはもう、そういうの薄いからねえ、歳だし。と言う事で冷静に彼我の戦力差を確認しつつ動く。
 相手の間合い内に接近。相手の態勢は崩れてはいるが、ほんの少しだ。
 なら、ちゃんと崩す。
 あたしは拾っておいた小石を、相手の間合いに入った瞬間に小兵に投げる。投てきというより、放り投げる程度。だが、相手はこっちを良く見ていた。見過ぎていた。さっきの唐突な投石攻撃から、何をしてくるか、と身構えていたのだろう。だから、その一投は効果を生む。
「え?」
 殺意の無い、ただ飛来する石に虚を突かれる。そこに、わずかだが、隙。
 その隙を逃すと勝機は無いので、一気に行く。
 間合いに、勿論相手ではなくこちらの間合いに踏み込む。角材の間合いだ。
「ちっ!」
 相手も虚から回復するが、崩れは十分。攻め手はこっちだ。角材を下から、逆袈裟。
 小兵の腿に、角材が命中する。
「つっ!」
 だが、手応えは浅いと感じる。崩し足りなかったか。
 だが、二の太刀。
 大きく振りかぶって、叩きつける一撃。
 が、これは転がって回避される。振りが大き過ぎたか。だが、そういう反省は後。すぐ動く。
 転がった先で態勢を立て直される前に、潰す。
 あたしは振りぬいて隙を晒しつつも、その威力を回転力に活かし、もう一度大きく振りかぶる。
「だっ!」
 しかし、その隙を、相手も見逃さない。小兵はまだ整わない態勢のまま、一撃振りぬいてくる。
 
 まあ、そうするよね。
 
 それを予見していたあたしは、隙だらけの背中に長柄物が来る、そのタイミングを見切り、前に出す予定だった片足を横に開く。自然、態勢が崩れる。その崩れて出来た隙間に、小兵の長柄物が通り過ぎる。そして、
「なっ?」
 と小兵が驚くのも一瞬。だが、相手が崩れ切るのにも十分。
 あたしは転がり態勢を立て直すと一気に距離を詰める。相手が態勢を立て直すことは、許さない。
 もう一度振りかぶった角材を、叩き、
「……くっ!」
 つけない。軽くこつん、とぶつけるのみ。
「……え?」
「いやあ、中々ハッスル出来たね!」
 そう言ってほくほく顔のあたしに、負けた小兵は疑問だらけの顔をする。まあ、無理ないか。
「あんたも言っただろ、状況を決めるもんじゃないってね。だから、別にあんたを叩き潰す必要はない訳」
「だったらこれは?」
「単なる因縁つけだよ。勝った負けたって話さ。つまり、あたしはあんたに勝利して、あんたはあたしに敗北した。さて、敗北してあんたはどうしたい?」
「……成程、それは面倒な。あなた、本当に頭がおかしいですね」
 小兵は足をかばいながら立ち上がり、あたしを無視して歩き出した。去り際、ぽつり、と、言葉が漏れる。
「どうしたい、ですか」
「そうだね」
 あたしがそう言うと、小兵は良い顔をこちらに向けて、言った。
「簡単ですよ。次は倒す」
 そして去る。それを見ながらあたしは言った。
「いい、いい。そういうのが求められるんだよ、今のあたしにはね」