おたく教養とは何だろう。

おたく教養とは何だろう。
まず、教養というのは、「ある一定の事象についてのある程度均一な価値観」といたします。 で、おたく教養とはそれのおたく版に相当するという事になります。
しかし、この言葉は私には「均一」であるという風に感じられせまん。 どうにも人によってかなり偏りがあるように感じるのです。 また、「近頃の若い人はおたく間ですら基礎教養がなってない」という言い回しもあるわけです。
この辺りのソゴ、教養が無いと嘆く人と言われる方の感覚の食い違いはどこから来るのでしょうか。
というのをちまちまと模索していたりするのですが、なかなか答えの出ない話で、大変です。
ただ、ここの所色々読んでいる内に、ソゴの生まれる理由が見えてきました。
それは、この間書いた「教養は多種多様になり、入り乱れている」という事と、「育った時期にあった教養の種類の差がある」という事実です。
えー、つまるところ、「おたくのもの」とされるものが時代が進むごとに爆発的に――そして他の事柄も侵食し――増えている事が、おたく教養というものへの混乱を招いているという事であり、それがソゴの生まれる理由となるのではないかなあ、と。
そういう意味においては、いわゆる「全おたく共有の教養」、というものは実際の所存在し得ない、という結論すら生まれてきます。 さらにすすめば、「じゃあなにを持って『おたく』とするのか?」という問いさえ発生してくるのです。 オタクのあいでんてぃてぃのキキですね。 ってなんだかまた難しい問題が噴出してきたなあ。 こうやって悩みは連なっていくのであります。