感想 古川日出男『ベルカ、吠えないのか?』

ベルカ、吠えないのか?

ベルカ、吠えないのか?

 昨日、「ロックンロール七部作」を買うか買わないかでかなり迷って、乗る列車に遅れた。
 それはさておき内容。

 古川日出男が神となって犬の歴史をつづり明かす。

 以上。
 神の視点、と言う言葉を三人称に対してつけたりしますが、その対応で行くならばこの作品はまさしく神がおのずから語り出して世界を決定していく、といっていいでしょう。この作品に登場する人&犬はすべて、登場段階から既に古川日出男の舌の上です。ここまで作者が幅を利かす作品、というのもなかなかお目にかかれないと思います。一例として引用してみましょう。

 (前略)名無しよ、名前のない一頭のイヌよの、お前よ。名前のない感覚が名前のないお前に命じている。声が語りかけている。聞こえるな?
 生きろ、生きろ、飢えつづけて生きろ。貪欲に!
 ウン、とお前は応じる。(後略)《p232より》

 これが特定の人物の語りかけではなく地の文だからたまりません。
 これ以降も、「お前は死ぬ。死んだ。」とか言ってすぐさま殺したり、「ここからは、お前が話せ」とか言って語りを犬にゆだねたかと思ったら結局誘導尋問の形になったりとか、本も後半になるに従ってどんどん神(古川日出男)の筆は走っていきます。
 こんな縦横無尽で天衣無縫な神様ですが、不思議な事にこの強引とも言える手腕はあくまで「犬達」にのみ適応されます。なぜか、人間達には犬達のような意識や行動への強制的な語りかけを行わず、しかしどんどんと状況に乗せて翻弄します。でも、たまにこんな事をいいます。

 (前略)
 一九六二年。
 違う。イヌ紀元五年だ。おれは人間の視点で物語を編みすぎた。イヌよ、お前たちはどこにいる? たとえば、イヌ紀元にもっとも肉薄する犬神(アヌビス)よ、お前は?《p172より》

 「おれは人間の視点で物語を編みすぎた」ってあんた。
 なんなんでしょうか、この差は。つい差別化する位に犬が好きなんですか、この神様は。
 こんな具合なので、神様と馬が合うかどうかでこの作品が気に入るかどうかのジャッジが下るわけですが、私はどうもいい具合に馬が合ったようです。今後しばらくこの人の作品を買い漁ってみようかな。