感想 瀬戸口みづき 『ローカル女子の遠吠え』1巻及び2巻


瀬戸口みづき ローカル女子の遠吠え【電子限定版】 1巻


瀬戸口みづき ローカル女子の遠吠え【電子限定版】 2巻

(画像のリンクが物理書籍のページ、文章のリンクがkindle版のページ)

 大体の内容「しぞーかへようこそ! 出戻りだけど!」。東京でバリバリ働いていた有野りん子さん。しかし、水が合わないのか馬が合わないのか、とにかく東京での仕事に行き詰まりを感じ、故郷静岡に戻ってきたりん子さんを待っていたのは、変わらぬ静岡の気質なのでありました。そういう内容ながらあまりに濃厚な故郷あるあるをぶち込んでくる漫画。それが『ローカル女子の遠吠え』なのです。
 この漫画はご当地あるある系漫画、とひとくくりにすることも可能です。ですが、それではあまりにもダダ漏れしてしまうものがある。そういう漫画なのです。何が漏れ出てくるかというと、そのあまりに深く狭く堀り過ぎて誰が入れるの? というくらいに尖りきった静岡あるあるぶりです。
 あるある系というのには深く狭く掘る場合と浅く広く掘る場合の2パターンがあるかと思います。浅く広く掘れば入ってくる人は多いけど熱心な人の熱量が低い傾向があり、逆に深く狭く掘れば熱心な人の熱量は相当だけどペイできるの? であります。この辺の匙加減が、あるあるネタの成立しやすさと関わってきます。
 で、ロー女はどうか、というとこれは濃いです。自分は静岡県民ではないので濃いのは分かるけどどこまでなのか、なんですが、分かっている人からすると濃すぎて出がらしで十分な味のお茶が出来るレベルだそうで、つまり繰り返しになりますが深く掘り過ぎて誰が入るの? なあるあるネタとなっております。この極濃の静岡ネタは、それゆえに別のレイヤーを立ち上げてしまいます。
 それは、あるあるネタあるある。というトートロジーめいたそれです。あまりにあるあるネタの濃度が高すぎて、意味が分かっていないから、
「こういうあるあるネタ、あるある」
 という抽象化した受け取り方をしてしまうことになるのです。そのまま、自分の所、つまり郷里の場合のこのパターンのあるあるは、とか考えてしまうのです。そういう意味において、この漫画のリーチはあまり短いように見えてかなり長くなっている、という狭く尖りくし過ぎたがゆえに層をぶち破って、あるある漫画の定義的な世界にまで足を突っ込んでいるとさえいえるでしょう。これが計算なら凄いんですが、どうなのかはまあ見て考えてみてください。←投げやり
 さておき。
 かよう、あるある漫画としての規格をぶち破っている感があって奇天烈な漫画かと思われてしまった方もいるかもしれませんが、安心していただきたい。この漫画は基本的にサラリーマンコメディのそれです。強度な郷土あるあるでがっちりコーティングされている部分もありますが、きちんとサラリーマンコメディとしても成り立っています。それも、強度に。
 りん子さんが会社で色々しながら郷土あるあるするのが基本形ですが、そこに歯に衣着せぬ発言で静岡に左遷された雲春さん(左遷前は東京に)とか静岡で東京を夢見る桐島さん(東京に憧れ過ぎて雲春さんを狙っている)とか、前職がブラックだったりん子さんの同級生ハッチさん(基本目が死んでいる)とか、多様なレイヤーでサラリーマン漫画として成り立たせています。この部分がこの漫画が単なるご当地あるある漫画とは一線を画すところです。
 あと、りん子さんの人間性がこの漫画を上手く締めているところがあります。基本真面目で委員長気質なのに、東京ではデザイナーの仕事を、というそれ向いていますか? というのがりん子さん。実際向いてないと思ってUターンしたんですが、その後の就業先ではきっちりと仕事出来て一目置かれている、けど本人はこれでいいのか? という。話が進むにつれてそれ程気にしてないような感じになっていますが、でも偶にまだ東京への未練も見えたり。そういうところをして、遠吠え、というのかもしれません。でも基本吠えてないんですけどね。
 そういう訳で、あるあるネタ漫画の真骨頂にしてサラリーマン漫画の王道でもある漫画。それが『ローカル女子の遠吠え』なのです。