本日の返答

>K_NATSUBAさん

『「差がでるか」か「差があるか」で大分位相の違う問題になると思うのですが、どのような状況についてお考えでしょうか?』

一応、元となったのは、他ならぬid:K_NATSUBAさんの以前のやつ*1

偶さか、ゆかなはこのような(著者注:なるべくキャラクターに寄り添おうとしている)意識の高い声優ではありますが、雪野五月に問題意識、いつもおんなじであることへの恐れがあろうとは考えにくい。

って一文が妙にのどに引っかかって、そこからなんとなく「声を変える(多種の声を出す)声優と変えない声優」というのが浮かんできたんですが、先刻言ったようにそっから先が処理できないでうーん、なんです。
「差が出る」、「差がある」で言えば「差が出る」、特に「以後の声優人生で差が出るか」でしょうか。 「一過性で消えるか否か」と言った方がいいのかな?
で、問題意識のあるなし、については「その声優が「少年役(あるいは男役)をやったか」が関与してくるんじゃないかって思ったんです。 そうなったら、つまり「少年声」を出すことになったら自然と声をキャラに添わせる方向に進むんじゃないかな、と。
これがいわゆる「ロリ声」の展開と似た形を取ってるのでは? と考えて「差が出る」となったんです。 なるほどそうだったのか!「いや、勘違いだろう」
さておき。
「男声(少年声)が出せるのは、長期的に見て得なのか損なのか」、という問題が「ロリボイスがだせるのは、長期的に見て得なのか損なのか」てな具合に推移しているのかな、とか素人考えしてみたり。 まあ、この二種は別種の話かもしれないんですけれど。
うーん、駄目だ。 地方だとアニメが(特に深夜が)見られないので、どうにもならん所があるな、畜生。
 
あ、そういえば今更ですが「なんか唐突に私的なのにもほどがある文章講座」は役に立ちました、と言っておきます。

*1:取り上げるのが古すぎる感もありますが