感想 原作:内藤泰弘 著:秋田禎信 『血界戦線 オンリー・ア・ペイパームーン』


内藤泰弘 秋田禎信 血界戦線 オンリー・ア・ペイパームーン
(画像のリンクが物理書籍のページ、文章のリンクがkindle版のページ)

 大体の内容「秋田禎信先生の原作完全理解美!」。基本的にくせのある内藤泰弘節。その中でも更にくせの強めな『血界戦線』。それをきっちり噛み砕き、飲み下し、消化したノベライズ。それが『血界戦線 ペイパー・ア・オンリームーン』なのです。
 先にも記述しましたが、内藤節というのは大変くせがあります。最近刊行の『血界戦線 back 2 back』1巻(感想)でも、体と切り離されて生首状態という非常事態にありながらも政治家としての矜持を持っていた議員さんの、しかしそれゆえにやっぱりなんであんたそんなに冷静なんだよ!? という様の持つバカバカしさと格好よさの同居のような無茶苦茶なのがありました。この辺が内藤節というのを、はたして秋田先生はノベライズ出来るのか。そういう不安を持ってこの本を手に取ったのを覚えています。
 しかし、その心配は、はっきり杞憂でした。まずこの話は色々手癖腰癖が悪いザップを基調とするという手管を見せてきます。私生活がアレなので他の面子よりライブラでは動かし易いところはありますが、それは内藤先生でも同じこと。よくよく面倒事の一端を担っていたりするのがザップであり、あるいは内藤節の良さを担っているのもザップです。それを選んできて、そしてそのザップに隠し子! という状況のぶっこみをしてくる辺りが流石の秋田先生です。一番隠し子可能性が高いですからね、ザップは。というか今までで出来てなかったのが不思議なくらいです。その辺はきっちりしていたということなのかもしれない。と感じさせてくれる段階でこのノベライズは成功でしょう。
 さておき。
 で、未来から来た(!)隠し子バレリーと、色々と噴出する問題とでわちゃわちゃとする訳ですが、この辺りのシリアスな部分と日常的な部分が綺麗にミックスされており、これが元の話があるのでは? という勘違いすら喚起する内藤泰弘節なんですよ。むしろ、日常的な部分が少ない本編の脇道としてきっちりと成立していてて、そしてこういう話なら当然入っていていい話な辺りは熟練とはこう使うのだよ! フハハハハハ! という秋田先生の声が聞こえてきそうなレベルでした。特にバレリーが色々絵を残していく、という過程とか、バレリーとザップの意地の張り合いとかが大変よいものです。親子かどうか、まだ分からないという仲で、それでも仲を作っていく過程というのでしょうか。そういうのが、しかし至極あっさりと供せられて、でも奥深く味わえる。そんな内容であります。
 それにしても、秋田先生のザップ理解が常の域を超えておりまする。と服部半蔵顔になってしまうくらい、こいつザップだ! という言動をザップはとっているのが特に興味深い所。メインとして据えるということはつまりきっちり書かないといけない訳です。それ故にちょっとでも齟齬があればすぐに指摘を食らう訳ですが、正直申しまして、そこそこの『血界戦線』ファンなワタクシ程度では、この秋田ザップが内藤ザップとどこが違うのか全く判別付きませんでした。それくらい、ザップならこうするだろうという動きや言葉を、ザップはしていました。その上で、更にもう一段ザップの魅力を上げているのも、このノベライズのとんでもない所。自分の娘だというバレリーを、この過去に来させたのは俺なんじゃないか。自分を助ける為だけに、この娘の人生を狂わせているのは俺なんじゃないか。と悩みつつ、しかしバレリーとのやりとりではその部分を見せないザップというのがもう。そして、バレリーが未来に戻り、今回の首魁とのバトルで言い放つ台詞の素晴らしさ。バレリーとの邂逅で生まれたものが、しっかりと根を張っているのが分かるのがもう。なんだよこれ、最高かよ。
 と言う訳で、『血界戦線』のノベライズとしては破格というか、秋田先生の力を持ってすればこのくらい当然に出来ることなんだな、という出来栄えでありました。まだ掘れる洞穴は結構ある漫画だと思うので、また秋田先生にノベライズでそこを掘って欲しいな、という願望を持って、この項を閉じたいと思います。