ネタバレしまくりながら更に住吉九『ハイパーインフレーション』を語る

ハイパーインフレーション 5 (ジャンプコミックスDIGITAL)
ハイパーインフレーション 5 (ジャンプコミックスDIGITAL)

この項について

 先日、住吉九『ハイパーインフレーション』の感想を書いたわけですが、それなのにまだこの漫画について無茶苦茶語りたいという部分があまりにも多く、でもあまりにもネタバレなので感想の方には書けず、だったのでもうここでネタバレしまくりでもう語り散らすぞお! というテンションになってこの項を書きました。反省はしていない。ネタバレ全開で語りたくなる熱量がある漫画なのです。言葉は不要か……。←?
 矛盾はさておき、今回は『ハイパーインフレーション』を5巻まで読んでキャラクターについて思ったことをネタバレ全開で徒然していきます。ネタバレがあるぞ! 気をつけろ!←念を押す

ルークについて

 ルークねえ、あれ本当に12歳がしていい人生経験じゃないよね、ってレベルでひたすら濃い時間を生きているルークですが、5巻段階で贋札が駄々漏れする状態じゃないですか。あれがそのままだと普通に生きていくことが出来なさそうだなと。限度がどっかにあるのかもしれないんですが、今のところ贋札が野放図に出まくっているので、そのうち衰弱死するんじゃないか、っていやな予感がひしひしと。フラペコじゃないけど、幸せになってほしいですよね、ルークには。それだけ、彼は苛烈な生き方になっちゃってるし。そりゃフラペコが情をもってダウーと幸せに暮らせ! ってムーブするわというか。繰り返しですが本当に12歳がしていい人生経験じゃないですよ。
 とはいえ、あんな生き方してたのが、いきなり普通の生活に戻れるか? という点も懸念材料です。今までの神の力を得たカブール人、救世主がろくな生き方出来てなさそうなんだよなあ。銃の人は射殺されているっぽいし、他も病気とか蝗害とかろくでもない力だからたぶんろくな目にあってなさそう。それもありますが、贋札が延々で続けるとなると、それに頼ってしまうこととかもありそうで。貧すれば鈍すで、貧乏になってそれを、ってこともあるやもだし。考えれば考えるほど、ルークに幸せな未来が見えないのが辛い。それが不遜であるとしても、やっぱり生きている彼らの未来に幸あれ、って思っちゃいますよね……。

ダウーについて

 言葉から知らなかった野生児が、言葉を覚え、恋を覚え、他人が自分と同じことを考えていると知って人間になって、という流れが何気にサブキャラのムーブなのにしっかりあるのが好き。獣から人間になってしまって、弱くなった、という部分が、人間だから、やるんだろお! ってとこをきっちり入れてきた、パーフェクトプレートと銃の組み合わせが何気に熱い。ある意味では人間ってやっぱりおっかねえな、という部分でもあるんですが。
 それによって作中の扱いが野田サトルゴールデンカムイ』の羆のようなのだったのから、更に一歩前進して人間ダウーとなった、という見方をすると、何気にこの漫画の優れた部分だな、と言えるでしょう。ルークを好きになり、野獣から人間になって、ルークに振り向いてほしくて、そしてルークを失いたくなくて、ってもうビンビンにキャラ立っちゃってますやん。羆という扱いの良さから、一歩進んで人間として成熟させる手管、というのが地味に際立っている、とも。そりゃ、フラペコもルークにダウーと幸せに生きてください! ってなるわ。それだけダウーも成長しているってことだし。
 その羆扱いから一歩抜ける為に、武の方で追加されたのがパーフェクトプレート、というのがエッジが効いてて好きです。今まで銃には負ける、銃なら倒せるという本当に羆扱いだったのに、普通のピストルでは倒せないレベルになって出てくるのどう考えても一線超え済みです。銃が効かなければサイッキョ! でパーフェクトプレートに行きつくの、普通にやってたらたぶん彼岸過ぎるんですよ。どうしてそうなる、からのそうなるかー。って感じでひたすら納得させられます。その手があったかー。(アホの顔)
 後、コレットさんにおべべ着せて可愛い可愛いしているとこの、お前も可愛いよ! な感じもよかったです。人としてのダウーの個性がそういうとこにいくのね、ってなるところが特に良いかと。意外と女の子趣味と軸線が合うんだー。
 しかし、ダウーの生殖能力が人より優れている、神の与えた力レベル、というのがどう生きてくるのか。全然生きてこない可能性もミリあるけど、生殖力を失ったルークと、過剰にあるダウー、というのでなんかあるんじゃないかとは。その前にルークがやばいことになりそうだから、そこまで行けないかもだけど。でも幸あれだよなあ。

グレシャムについて

 怪人物としてのグレシャムも好きですが、あくまで儲けを狙うことに習熟しすぎた”大きな赤ちゃん”グレシャムの悲哀というのも感じます。フラペコが、ルークの幸せも、グレシャムの金儲けも両立させたい、ってとこで、グレシャムの幸せではなく金儲けになってるとこが、グレシャムというのがどこをどうやっても幸せではなく金儲けを目指してしか生きられない、というのを片腕であなただからついていくんです、って心服する情の男フラペコにすら思われているというのがね。
 それはそれで一つの生き方だし、全く推奨しないって訳じゃないんですが、自身の価値をゼロと思っている点も含めて、グレシャムの過去が知りたい、と思うのもしょうがないと思っていただきたい。グレシャムがひたすら金儲けをするスピンオフがあったら読むぞレベルで、こいつの成り立ちが知りたいってのはあります。どこをどうやったらここまで自己を顧みず、金儲けの為だけに生きられるのかというのが。本当にスピンオフか、過去回想か、どっちあったらどっちも見たい。
 しかし、グレシャムレベルで人生切り分けられたら大変楽しそう、という面もあるにはあるので厄タネです。それぐらい、グレシャムが生き生きと生きているというか、己が才覚だけで生きてきたし、これからも生きていくという自負心に満ちていて、そういうのに弱い人だとてきめんにくるやつです。
 特に本当に金儲けのセンスがずば抜けてるの、いいです。ルークが出した贋札と偽って普通の1万ベルク札を1万2千で売る、ってしてた時のレジャットの「金儲けが上手すぎる!」は至言でした。基本は金儲けが上手すぎるだけのやばいおじさんなんだよなあ。金儲け以外をすべて金儲けで賄うジョブですよね、あれは。本当に怪人物。最終的にそこに行きついちゃう。

フラペコについて

 作中最も情に厚い男。基本的に超有能で、その上で名誉も国も金も信用せず、それでは何を? と思ったら圧倒的情。どっかの『ジオブリーダーズ』の中華マフィアの人だったら「ワタシ金で動かない人信用しないよ」がてきめんに当たりそうなのに、金満家のグレシャムは普通に重用している辺りと、更に成長した姿に「頼れる男になった!」ってなる辺りで、本当に有能で信頼におけたんだろうな、という。グレシャムも金で動かない、って言われても金儲けいいぞ! で特に排斥してないのが器なのか商感なのか。それで切るには惜しい程度には、高値を付けられてるんだろうなあ。
 さておき、そのフラペコが、ルークが幸せになるのもグレシャムが金稼ぐのも両立させる! って言いだした時は本当にたぎりました。その前段階で、グレシャムを罠にはめるのも厭わないというのも見せて、マジで成長しまくりやん! ってグレシャムが評価爆上げしているのを見て読者も株を買いあさることになりますからね。この漫画で成長した人リストのトップはフラペコなんでは? ってレベルの成長っぷりです。
 その過去というのが、戦争で家はおっつぶれ、国はインフレで大混乱、なので隠れ荷の盗掘に手を染めて、というので名誉も国も金も信用しない、ってなったところでグレシャムという怪人物の存在感にあてられて、あなたならついていける、ってなるとこよくよく考えると出会いは大切ってもピーキーじゃないですかねえ!? ではあります。まあ、地中に埋まっていた人に、出てきてこら! ではなく一緒に盗掘しようぜ! だったのが災いしたというか。普通じゃありえない出会いで、しかも普通じゃありえない展開を持ってこられて、グレシャム好感度がバグったって感じがします。
 フラペコが自分の国のインフレの話をするとこ、本当に情報が綺麗に並べられて、国がインフレするとどうなるか、というのを実際に味わったフラペコだから語れる内容、って感じに仕上げててうなりましたね。そういう情報の出し方が、実際に経験したという人をフィルターとして通すことで、一気に解像度が上がる、っていうやつです。というか、フラペコ大変だったんだなあ、ってなるところでもあります。国がハイパーインフレーションになったことがないんで、どこまで寄せられるかは分かりませんが、それでも次の日どころか1時間後で金の価値が変わる、って凄まじいにもほどがあります。日に二回日当、ってもう無茶苦茶だろそれ。よく生き延びたなあ、フラペコ。
 さておき、フラペコが他の人の幸せを願うのはまあ一歩譲って分かるんだけど、フラペコの幸せはどうやってつかむんだ? というのも。グレシャムグレシャムであれですが、フラペコもフラペコで自分の幸せとか考えてない感じがあります。情の男ゆえ、他に情をなげうちすぎているというか。でも、今自分の幸せをフラペコが言い出すと、死亡フラグになってしまいかねないので、ちょっと展開的に痛し痒し。フラペコには死んでほしくないから、今未来の話をして死亡フラグは立てないでほしい。でも幸せの道筋は見せてほしい。アンビバレンツ!

レジャットについて

 有能が服を絶妙なこなれ感をもって着ているという、超有能キャラとしてこの漫画を動かすキーパーソンですが、ルークと直接まみえないのに長い間戦っていた感じを出すとこの、熾烈な頭脳戦だったな、という理解をこちらに与えてくるムーブ好き。オタクはそういうのに弱い。
 ルークの手を読み読まれ読み読まれして、結局レジャットの上の権限を攻略するという異次元の手であわや決まるか、ってとこでしかししつこく食らいつく、という単なる頭でっかちのエリートではできない見事な技前みせたのはすごかった。どんだけだよあんた、というとこでもありますが。
 しかしクルツさんに自分がないということを指摘されてぶち切れ金剛になってたけど、それ逆に言うと核心突かれたってことですからね……。基本超有能で正義の為に動けるやつなのに、その正義だけが自分の空っぽさを隠す隠れ蓑だった、というのが痛切過ぎます。カブール人にもヴィクトニア人にもなれず、自分のアイデンティティがないからこそ、その周りを埋めることで対処してきたからの、高い能力なんだなあ、というので、悲哀を感じさせるに十分です。怪人物に悲哀感じること多すぎるな今漫画。
 で、それを指摘されても、自分の脆さで潰れず動くとこがまた有能だけにたちが悪いというか。配下の人たちからはきっちり一定以上の評価はされている、というのでも埋まらないとこなんだろうなあ。グレシャムみたいに儲ける為に儲けるみたいな思考もないから、ルーク捕まえた後どうするんだろう、ってとこもありますね。それが終わったら、レジャットさんは何をするんだ? ってのはあります。ルークを実験するの、他の人がするだろうしなあ。どうするんだろ。

ヨゼンとコレットについて

 ヨゼンとコレットの喧嘩するほど仲がいいを地でいくやつが大変好物なので、二人はなんだかんだあって意識しまくってラブラブになってほしいです。それでも喧嘩するという感じのやつが大変ニヨニヨ出来ていいんですよ。
 というか、ヨゼンの方はかなりコレットに対して意識がありますよね。レジャットにも隠しているレジャット陣営の手管を持って帰って国の為に使いたい、というのをコレットには明かしちゃってるし、コレットのことが最初に出たりする場面もある。男ってやつは意識すると変な動きしちゃうんだよね。
 しかし、ヨゼンの他国人設定は、ヴィクトニア人でもカブール人でもない、という部分がレジャットの組にいるには正当というか、レジャットにそういう振れ幅がある方がいいって思っている感があります。使えるなら他国人でも使う、というのが度量と見えます。あるいはそういうのだからレジャットに充てられた、かもですが。
 コレットさんは唐突にダウーと女の闘い(with銃器)しだしたとこが好きです。もともとダウーについてあんまりいい感情持ってなかったのに、相手が力があるのに銃を使う、というのでぶち切れ金剛したとことか。銃があれば女性は平等になる、というのも、ダウーのように力があって更に銃もあって、ってなったら瓦解するような気がするんだけど、いや、だから切れたんだな。その理屈は思い至っていたけど、流していたんだろう。それを見せつけられて切れた。まあ、切れるな。矜持傷つけられているんだ。
 コレットさんはヨゼンをどう思ってんだろうか。ヨゼンの監視を命ぜられていた、って明かしているし、レジャットじゃないから、とも言ってたから、まあ仲悪いわけじゃないんだろうけど。なんか城戦で死んだりしそうで怖いですが、いきてくれい……。
 あと、どうでもいいんですが、城戦でコレットさんがライフルを拾ってくるっと回して装填するとこがすごく決まってて好きです。所作がきちんとしていて美しい。普通に拾っていいとこを、きっちり魅せゴマにするテク、嫌いじゃないわ!

ビオラとその師匠について

 ビオラさん、贋札殺しに対する気持ちはラブとかじゃない、って言ってたし確かに違うんだけど、それにしてもかなりでかい関係性矢印ですね? ってなります。相手に見てもらいたい。そして悔しく思ってもらいたい。ってのは特に後者までいくの相当こじれているので、どんだけこじらせてんだよ、って感じです。しかも、贋札殺しと知り合いではあるのか? って思ってたらまさかの師匠ですからね。その事実が提供された段階でクソデカ感情過ぎて噴出しました。一度プロパガンダ紙幣したのが師匠の作に対して! というか、身内からプロパガンダされたのか、贋札殺し! というのでもうだいぶ解像度が変わってきましたよ。認めてほしい人ってなれば師匠に、はベターというかよくありますが、ことあの二人に関してはお前ら本当にどういう関係性なの? ってなります。師匠と弟子なんだけど、なんかそれ以上の何かがあるように感じずにはいられない。ないんだろうけど。
 それと贋札殺しの、醜いものが美しいものを作れる理論からすると、綺麗なビオラさんは許せない相手だったのかなあ、というのも感じたりします。それがあるからこの二人こじれちまったのかもしないですね。こじれるにしてももうちょい穏当なこじれかたしない? 二人の言動を総合してもここまでこじれんやろ、なんですけど。

最後に好きなシークエンスについて

 『ハイパーインフレーション』を大きく四つのシークエンスに分ける、この漫画のベタ基礎をやるオークションシークエンス、ルーク、グレシャム、レジャットが並び立つ奴隷船シークエンス、頭脳戦と贋札作りが絡まる贋札予行シークエンス、暴の力が満ち満ちる城戦シークエンスに分けると、個人的にはやっぱり贋札予行シークエンスが好きですね。どんどんと救世主として格をつけつつ色々な策動でレジャットをけん制するルークサイド、それに対抗し、贋札の防止の話を織り交ぜつつ話が進行するレジャットサイドの二つが絡み合いながら、金儲けができるから私が来た! のグレシャムサイドやビオラさんと贋札殺しの話も混ざってきて、でも基本は贋札をどう作るか、という知識欲を刺激するとこに注力している、というこの漫画らしいというのはここだな、ってくらい濃い内容が、贋札予行シークエンスだったかと思います。
 この辺りの話のバランス感覚がすこぶるよい、知識に傾き過ぎないギリギリを攻めているのが特に、です。お互いが知ろうとしていることで頭脳戦しつつ、知識面もきっちり押さえる。匠の技です。ここがあるから、もうこの漫画の評価は下がることはないな、ってレベル。まあ、超えてくることはあっても下がることはない漫画でしょうけど。

それではこの辺で

 あまりに感想として書きたいことがあったので、吐き出す感じでこうやってカカッと書いてみたわけですが、予想以上に書きたいことがあってびっくりです。シークエンスのとこも掘り下げればまだまだいけそうなんですが、流石に長すぎるし結構満足したので、この辺りでこの項は閉じたいと思います。いやあ、いい漫画はいいですね。
 とかなんとか。