ネタバレ?感想 野上武志:他『戦翼のシグルドリーヴァ 狂撃の英雄』1巻

戦翼のシグルドリーヴァ 狂撃の英雄 1 (ヒューコミックス)
戦翼のシグルドリーヴァ 狂撃の英雄 1 (ヒューコミックス)

 大体の内容「できらぁ!! えっ! 女の子を描かない!?」。ということで野上武志先生が女の子をほぼ封印して、おっさん中心で『戦翼のシグルドリーヴァ』のプレ編を描く。それが『戦翼のシグルドリーヴァ 狂撃の英雄』なのです。
 爾来、野上武志先生と言えば女の子とミリタリーでした。自分が名前を知ったのは『セーラー服と重戦車』辺りなので、それ以前はもしかすると違う作風で、おっさんとミリタリーだったのかも、とも考えたりしますが、やはり女の子とミリタリーをミキシングしたのが、印象に強い漫画家さんであります。同時代的にミリタリー物の新境地を開拓していた竿尾悟先生と合わせて、ミリタリー物の新時代を切り啓いていた。そういう漫画家さんだと勝手に思っています。どちらもアワーズに縁がある時点で、アワーズって変な漫画雑誌だなあ、というのをふつふつと感じさせますが、それは完全に余談なので話を進めましょう。
 そんな、女の子とミリタリーを主軸としてそのまま漫画家キャリアを積み重ねた野上先生。その啓いた空域に、『ガールズ&パンツァー』が生まれたりしたのも、そしてそのスピンオフを描いているのも、今となっては歴史的必然のように感じます。
 そういう風に、女の子とミリタリー、どちらも切っても切れない関係として身に落としていたと思っていた野上先生が、女の子をほぼ描かない、1巻総コマ数の内の20コマ程度しか、それもおばさん込みで、という漫画を仕上げてきた、と言ったら、あなたは信じますか? と問いかけたくなるくらいに、本当に女の子が出てこない漫画を、野上武志という漫画家が仕掛けてきました。それが『戦翼のシグルドリーヴァ』のスピンオフ、『狂撃の英雄』なのです。
 拙者、『戦翼のシグルドリーヴァ』が良く分かってないままこの漫画を買った侍。であっても、大体の話は飲み込める、ある意味初心者向けな側面もあるのもこの漫画。それでも、とりあえず、アニメの話のプレとして、こういうことがあった、というのを語り、明かす漫画なんだろう。そういう程度なんですが、そのくらいの知識が得られればええんや、というスタンスで描かれているからか、大変状況は飲み込みやすい。きちんとしたベースがあるからこそ出来る仕手、と見てよいかと思います。きちんとしたベース、とはつまりシナリオ面と漫画面と、二つが両輪として綺麗に作動しているということです。
 シナリオ面、あるいは設定面と言っていいかと思いますが、そっちの押し出しは、とりあえず何故人類が危機に瀕しているのか、というのをかっちりと、それも手数少なめで見せてきます。
 とりあえず、アニメの方も現時点で根本原因が分かっているか、というと恐らく不明でしょうから、こちらの漫画でそれを開陳という訳にはいかない。だからこそ、出せる情報でどこまでシナリオ面を組み立てられるか、みたいな仕草になる訳ですが、それに関しては驚愕的マーベラス。と地味に重複表現ぽいような表現をして喝采を上げたいと思います。
 そういうのも、シナリオ面で必要な部分の取捨選択がきっちり決まっているからこそ、であるかと思います。とにかく、全体的に唐突に始まったことを、なんとかしよう、とする部隊の動きがこの漫画の肝な訳です。そこにこの『戦翼のシグルドリーヴァ』という作品のメインとは違ったアプローチをするからこそ生まれるもの、違う側面だけどきっちりとどういうことか理解させる、というムーブが決まることによって、話の概観が出来る、という形になっているのです。おそらく、自分が抱いている感覚と、作品のそれとは大体合っている、という不思議な確信が、そこにはあります。プレの話、それも違う側面。それでも分かる、というのが、シナリオ面の出来の良さを感じさせるのです。
 そして漫画面としては、おそらくミリタリー物漫画の巧者五指には含まれるであろう野上武志鈴木貴昭両氏の漫画作りのテクニックが見事に刺さっています。特に1話目の刺さり具合は流石の一言。まず、どういうことがしたいのか、お見せ仕りましょう。という腹の内の見せっぷりが見事。この巻ではその後、あんまりそういう場面がないけど、またあるからね? みたいな勝手な憶測が個人の中で飛び交う程度には、したいことをいきなり見せてきます。
 そこについてはまあ、1話はまだ見られるから見てきたらいいと思うのですが、それはさておき。
 キャラの魅力、という部分について話を変えましょう。あまり変わらないんですが、若干シフトチェンジが必要なのです。というのも、この漫画の狂撃の英雄とされるエーデルブルグ大尉が、平時では退屈な人生しか送れないタイプの人間なのです。
 家系からして、軍人の家系。それも一つの国家に属している訳ではなく、その時々のあちこちの最前線の軍に籍を置く、という、根っからの軍人、あるいは戦争狂の一家である。そう初手で紹介されるのですが、ならばその人物が、この世界の危機にあってどうするか、という思考実験みたいなところが、この漫画にはあります。今まで女の子とミリタリーに心血を注ぎ過ぎてどこか壊れてしまったのか! というくらいに、エーデルブルグ大尉の存在はキャラが立っているとかではなく、血も肉もある存在としての凄みがあります。
 でも、あまりに凄み過ぎてキャラという風に見る事の方が安定しているので堪りません。際立った存在過ぎて非実在存在と意味でのキャラクター感がバシバシに出てきてしまっているのです。いや、非実在存在なんですが、なんだけど一周回って非実在的存在、キャラクターと化しています。とりあえずやっぱり1話目読んできてください。それでこの畏敬の念の理由が大体分かると思います。
 エーデルブルグ大尉は本当に根の底から軍人です。あまりにも軍人。あまりにも過ぎて殆どギャグなのでは? レベルまで軍人です。その行動も、矜持も、精神も、全て軍人。ある意味究極の軍人キャラとして、漫画の歴史に残るレベルです。個人的にはセキスイじゃねえシュトロハイム級はあると思っています。1話目で大体それが分かるので、本当に気になる人は見てきていただきたい。検索ですぐ出るので、あえてリンクは貼りませんが。
 さておき、この、本当に心底、魂から軍人、キャラクターとしても人格としても、のエーデルブルグ大尉を見て行くのが、この漫画なのです。この英雄と呼ばれるだろう人物が、どうなっていくのか。それを見届けるだけなんだろうけど。それならむしろありがたい。そこまであるのが『戦翼のシグルドリーヴァ 狂撃の英雄』なのです。