感想 成田良悟 『バッカーノ!1710』

 内容を要約すると「ヒューイの喪失」。今回は『バッカーノ!』シリーズにしては毛色が違う雰囲気があります。それは最後におけるヒューイの喪失が、相当な物として建築されているからです。基本馬鹿話として*1収束する『バッカーノ!』において、完全に悲劇として終了した今回は異色作と言ってしまえると思ったりも。話の都合上、そうならないといけないのではありますが、その結末はあまりに切なく、悲し過ぎました。なんてもんを読ましてくれはるんや、成田良悟はんわ……。とどっかの禿めいた台詞を吐いてしまいたくなるレベル。
 さておき。
 にしても、ヒューイが、1930年代でマッドサイエンティスト度高めで危険人物だったヒューイが、昔は愛とか持っていた、というのは本当にもう、切ないですよ。色々あって人に憎悪していたのに、愛せる人が側にいたのに、1930年代では、と思うともう。ここら辺りで、悪い意味で完成してしまったんだなあ、とか。でも、愛は持っていた事はあるのだから、2000年代でも持っていて欲しいと思うんですけれども、それはまあ虫のいい話ですよ、今回の話見たら。そりゃ無くしちゃうよ……。
 それだけに、フェルメートに対してめちゃ許せんよなー! という気持ちがもたらされます。それが目的の話な部分もありますが、にしたってフェルメートの意地の、人間腐りっぷりの高さが有頂天で留まる事を知らないですよね。それが1930年代でどのようになるのか、あるいは2000年代でどう処理されるのか、というのは気になります。でも、その今回の黒幕度が意外と偶然頼りで、その辺はまだ修行時代だったのかしら、とか思ったら、そんなに黒幕として超凄いわけじゃないんですよ! ってあとがきで成田良悟せんせが吐露されておって笑いました。2002であまりに切り立って高い黒幕度があるように見えてしまったのが原因でしょうか。実は生きていたはそれだけで色々と補正付けちゃいますからねえ。
 さておき。
 エルマーとしては、最後の笑顔は、笑顔中毒者としてはどうだったんだろうか。その後の決意が強過ぎて、あるいは笑顔中毒者でもそれは評してはならないというのがあるのかもしれません。言及がヒューイを笑わせるから、と言う方向ですしねえ。あれは悲痛なシーンでもあるので、ここでいつもの調子になったらいかんわなあ。とも思ったりも。でも、意外と言わないけど評価はあったりするのかも。と思ってしまうくらいにエルマーに変なイメージ持っておりますよ。色々と完成度が既に高かったけど、更に一段、完成度を高める要素として今回があったなあ、とかなんとか。

*1:色んな話があるにはありますが。