感想 ヤマザキマリ&とり・みき 『プリニウス』1〜3巻


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プリニウス 1巻


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プリニウス 2巻


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 大体の内容「ある稀代のローマ変人について」。「どうしても、この男が描きたかった。」。この大きく出た帯の言葉が大変理解出来る内容なのが、この『プリニウス』なのです。
 プリニウス、と言う名から『博物誌』が浮かべば大したものであると思いますが、この漫画はその作者たるプリニウスの、その博覧強記の部分と、しかし全く知られていないし記録にも残っていない部分をこうであったのではないかという部分をない交ぜにした内容となっています。つまり伝記ではなく伝奇と言った方がいいでしょう。そんな中で、プリニウスは大変に魅力のある人物と見る事が出来ます。自身の魅力というのは作中では発されてはいないのですが、読者側から感じる魅力、と言うのは大変に富んでいるのです。先に書いたように知識豊富で博覧強記の学者で、しかし皇帝ネロの召集よりその土地土地の事象の方が上に位置していたり、でかいタコとか半魚人とか珍しい話があればすぐにでも飛んでいくし、火山が噴火しているのに風呂に入ったりとちょっとずれているというか、一風変わっているというか、はっきりいえば変人であります。その変人さが、とても魅力的に見えるのです。成程、この男を描きたかったというのが分かる。そういうハイストレンジな人だからこその内容が、この漫画となっています。
 先にも書いたように、この漫画は伝奇というべきものです。プリニウスについて残っている史料や『博物誌』の記載などのきちりとした土台と、でもほとんど残ってない時代の行動の捏造。この二つが組み合わさって、この漫画は構築されています。ゆえにどこまでが本当でどこまでが捏造なのかが、プリニウスについてあんまり知らない私などには見当がつかず、なのでより伝奇として、伝記ではない方向で見ないといけないという風に襟を正していますが、それでもこの捏造と正史のコングロマリッドは大変面白いのです。折々でプリニウスがその『博物誌』に残っている内容を語る部分の楽しさったらないです。それが現在にも通じる物で、例えばはちみつが滋養にいいとか、だったり、あるいはその頃特有の、つまり現代科学的には間違っている場合もあったり、地震の起き方とか、もしますが、それゆえに面白いのです。これがちゃんと理解されていたのか、というのと、こういう理解のされ方だったのか、と言う部分がしっかり混在していて、ついでにそれを作中で訂正することがないのがまたいい。注釈でこれは現在では、とかやらない。というのは一つ英断だと思います。間違ったことを言っている、というのが読者側もすぐ分かるだろうし、というのと、プリニウスが間違ったことを言っているにしても、それがその時代の限界だけど、でもそれはプリニウス当人には分からないし、それでも淀みなくいうプリニウスの姿はその時代の知識人の風格がある、というのが混交していて、大変興味深く感じました。作中でプリニウスのある種の格を下げない為の処置、と考えたらいいでしょうか。この男が描きたい、という部分の一つの境地とも言えましょう。
 さておき。
 『プリニウス』において出てくる人物は有名無名様々ですが、有名からは皇帝ネロが大変人間的に、魅力があるというとちょっと違いますが、描かれているのが印象的にです。自分の国の統制力の無さに気づいていて、でもかんしゃくでまとめていた人を放逐したり、夜の街中で自分を悪く言う人物を辻斬りしたり、かと思えば歌や竪琴を使って朗々としたり、妻の要求に素直に応じたて元妻の首を、とかしたりと暴君というよりは小心で繊細な人、という雰囲気が出ています。この辺も他の物でのネロ描写とはまた違った、この漫画での捏造というか伝奇的処置であります。キリスト教圏ではどうしても完全に悪役、キリスト教を迫害したから、なのを、でもそうでない我々がしても、という趣旨の発言を対談でもされているので、成程そういう道もあるのか、と得心した次第です。より人間として見る、と言う感じでしょうか。
 無名の人、というこの漫画オリジナルというか捏造人物の中ではフォリクスさんがいい味だしています。主な仕事はプリニウスの護衛ですが、プリニウスが折々で話を聞いたり見聞を広めようとして時間を食うのを、やめてください! する方が多い印象があります。実際に護衛としての腕前は確かなものなのは作中何度もあるんですが、でもどうにも強いというイメージが湧きづらいのは、やはり一回見せた妻の尻に敷かれっぱなしな部分からでしょうか。だから余計に親近感が湧くのもありますけれども。最初こんなにしっかりした登場人物にするつもりはなかったらしいですが、いつの間にかいないといけない人になっているのもまた面白い所です。こういう歴史的に無名のキャラクターが伸長してくるというのは、伝奇としては正しい所作ですし。
 さておき。
 この漫画の幻惑的な所、つまり伝奇な所は折々で怪奇なことが起きる点にもあります。例えば先に書いた半魚人。それが本当に出たかどうかは結局分からないものの、漫画の絵としては登場していて、これがかなり奇っ怪。半魚人らしいフォルムで、ぬめっている感じもしっかりした絵でありました。存在感が半端ではなく、一発で印象に残るものの、でもこれ子供が見た、というだけでもあって、じゃあ本当はどうなの? というのは結局謎のまま。その所作もまた伝奇らしいです。それにエウクレスが見たウニコルヌス、つまりユニコーンも幻惑的。処女じゃないけど唖の少女と共にどこかに、というのは中々綺麗でしたが不思議な光景でもありました。この辺のモンスターというか怪奇物件はとり・みき先生が描いたパートなんだろうなあ、という感触がありますが、お二人の絵がどんどんと混交してきてどっちがどっちだかが一瞥では分からなくなっていて、そう言う意味では合作らしい歩み寄り、あるいは絵柄喧嘩であるなあ、と。それがこの作品の雰囲気を普通なら統一されないはずなのに統一的にしているのか、と思うとこの合作はほんまありやな、と思うのでありました。
 しかし、この漫画はどこに行くのだろうか。プリニウスが死ぬまで、辺りがベターっぽいけど、はてさて、