感想 たかみち 『百万畳ラビリンス』上下巻


百万畳ラビリンス 上巻 (ヤングキングコミックス)

百万畳ラビリンス 下巻 (ヤングキングコミックス)
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 大体の内容「彼女は“百万畳ラビリンス”の主人公」この漫画の始まりは突然です。本当に全く唐突に、あちこち探しまわる動きから始まります。
 ゲーム会社のデバッガーのアルバイトをしている礼香さんと庸子さんは、会社の寮にいたはずが突如として全く未知の迷宮、それも何故か畳敷きの部屋で構築された場所に立たされている事に気付き、そこを探索することになります。その中でダンジョン探索物っぽく色々な物や情報を得て、その迷宮から脱出を目指す、という探索物なのが最初の流れではありますが、しかしそれは徐々にSFチックな様相へと変化していき、そして最後に思ってもみない結末へと着地して行きます。それが『百万畳ラビリンス』上・下巻の大まかな話です。そのダンジョン物らしさと中盤からのSF物らしさに加え、更にゲームらしさというのが加味されておりまして、なので普通のSF漫画とも探索物漫画とも少し変わった印象を与えてくれる、大変良いのであります。
 この漫画の良さというのは、まずゲームっぽいこと。それも迷宮空間の成り立ちもそうだけど、それだけでなく作品のトーンがゲーム的な妙。それともう一つは礼香さんと庸子さんのパーソナリティーの妙の二つが大きいと思います。
 ゲームっぽい、と書きましたがこれには様々な様相があります。この畳敷きの迷宮にある階段はループする物というゲームっぽさがあったりしますし、この迷宮内では形の同じ物は同じアイテムとしてある、つまり昔のゲームのドットの使い回しの如くコピー&ペーストされて至る所にあるというゲームっぽさですし、一本の木のデータでコピペして森を作っていたりするところもゲーム的です。また後半で礼香さんが現れた敵に対抗する武器を手に入れますが、それが何故かゲームのコントローラー(所謂チンコン)だったり、敵の倒し方も穴に落として止めて転送、というどこか平安京エイリアンっぽかったりします。そしてそもそもこの迷宮に来る為の素地として、敵が地球に来るというのを予め知った上で対抗の為に作られた作中のゲーム『ダンジョンテール』をやっていたことが要因だったりして、つまりゲームで特訓! なある種ファミコン世代直撃のネタもさらっとあったりしますし、それで礼香さんが引き寄せられるようにその『ダンジョンテール』を開発したゲーム会社のデバッガーになった、という縁も絡んでくる、と、ゲームの要素と言えるものががあちこちで顔を出し、様々に重要だったりします。このゲームの色んな形での下敷き具合が、どこか一風変わった漫画としてこの漫画を立ちあげ、そしてそれでもゲーム系な要素をきっちり持っているからこそより探索色もSF色もまた理解しやすく楽しみやすくにじみ出ている、という風にこの漫画を引き立てています。
 もう一つの良い所である礼香さんと庸子さんのパーソナリティー。これも話しましょう。まず、礼香さんは基本的にはちょっと駄目で変な子なんですが、ゲームしている時と変なことをしている時は活き活きするというタイプで、つまりゲームっぽく且つ変な事態のこの漫画内の状況は大変嬉々として、そして大変輝いて行動しています。好きな開発会社のデバッガーになるくらいにゲームバカで、特にゲームのバグに対する勘は並外れている礼香さんが出すその輝き具合は当然伊達ではなく、様々な脅威や緊急事態に対して柔軟に対策し、攻略して行きます。ただ、それが若干行き過ぎてここを征服したい(意訳)とか言い出したりもしますが。それに対してはツッコミ役の庸子さんがきっちりと切って捨てて、脱出への行程へと向かい、話が進んでいきます。
 この庸子さんの礼香さんへの慣れと胆力は相当のもので、礼香さんがハッスルするのちゃんと見守り、時に変なことを止めさせ、時にツッコミを入れる。それでも先走ったりするけど、それで事態が変わったので受け入れたりもする。そういうきっちりとした寛容の心のある人なので、往々にしてこの作品の冷静の役目は果たしています。そして礼香さんに対するブレーキとしては確かにきちんと掛っており、それが出来る庸子さんだからこそ、礼香さんも無茶を言うのですが、その無茶へのあしらい方も上手いので本当に中々いいコンビなのです。
 しかし、このコンビは礼香さんのある選択によって最後には解消されます。そしてこの別れによって、礼香さんは一人、敵との対峙に向かうのでした。ここが仲違いではなく想ってがゆえの別れというのが、いいコンビだったからこそするっと、切なさに変換されます。その後の礼香さんの楽しそうな所も、若干切ないものを勝手に感じましまうのも無理からぬことでしょう。それは彼女にとって最後に到達した場所が最適の地であるからこそ、庸子さんがそこにいない、というのは礼香さんにとってどういう想いをもっているのだろうか。と感じてしまうのです。礼香さんの去り際の言葉も含めて、色々考えずにはいられませんでした。この辺も、しっかりしたパーソナリティーの二人中心で進んだがゆえに生まれる、良い余韻と言えますが。
 さておき、『百万畳ラビリンス』は、帯に書かれるように確かにSF漫画だし、確かにミステリー色もちゃんとあります。しかし、この漫画の良さは、言ってしまえばゲーム的と言える部分と、それをちゃんとゲーム的に解釈して答える礼香さんという部分を抜きにしては語れません。礼香さんのバグを探す天性、あるいは色んな可能性を考えすぎる性という、日常の中ではむしろ負となりやすい要素が、この漫画の騒動の中では正となっているからこそ、この漫画の話は解決されたのですから。つまり、ゲーム思考で事件解決な訳です。あんまり明確にゲームについての話が出る漫画ではないのですが、だからこそそのゲームという下敷きが細かにあるから楽しめる物となっている。それがまた『百万畳ラビリンス』の魅力と言えるのです。SFミステリーというその言葉で二重に二の足を踏む方にも、ゲームらしさというのがきっちりありますよ、礼香さんは愛すべきゲームバカですよ。と言って、この項を閉じたいと思います。