感想 市川ヒロシ 『どんぶり委員長』1巻及び2巻


市川ヒロシ『どんぶり委員長』1巻
(画像のリンクが物理書籍のページ、文章のリンクがkindle版のページ)


市川ヒロシ『どんぶり委員長』2巻
(画像、文章共に物理書籍のページ)

 大体の内容「委員長、丼物にハマる」。真面目系お堅い委員長(女子。名前は出てこない)は、ある日男子の吉田(男子。単に吉田としか呼ばれないので名前は分からず)が作る丼を見て、それを食べたくなる。今まで丼物なんて、だった人生な委員長ですが、吉田の作った丼によって蒙が啓かれ、丼物ロードをひた走っていく。それが『どんぶり委員長』なのです。名が体を表し過ぎるにもほどがありますね?
 さておき。
 丼物、と聞いて真っ先に何が思いつきますか? という問いに対しては、様々な物が出てくるのが道理であります。しかし、それを精査していけば、案外牛丼とか親子丼とか、平凡なまとまりが出来るのは、また道理であります。そして、この漫画の丼物はその道理に対して真っ向から反逆しています。平凡な丼物を、作らないのです。委員長のオーダーが通常の丼を作る物とかけ離れているのがそこに影響しています。高校になるまで丼食べたことない、なので理が分かっていないゆえ、そうなるのもある意味当然であります。とはいえ、えっ!? ナポリタンを丼に!? とか、えっ!? ピザを丼に!? とかは流石に無茶ぶり過ぎます。それでも吉田はきっちり作ってくるから吉田は大したものです。その通常ありえない丼の中でも特にインパクトが強かったのが、もち丼でしょう。もち丼と聞いてもちって何のモチ? モチモチの木? と思われるでしょうが、もちってったら餅しかないでしょ! そうですよ、あの、年始によく食べる餅ですよ。それを、丼にするのです。もう既にゲシュタルト崩壊の様相を呈していますが、とにかく餅で丼なんです。ライスonライスなのです。しかし、そのインパクトの強さに反比例するように、仕上がりとしては高い完成度を誇っています。揚げた餅、薄くして焼いた餅、それにあべかわ風餅。それらが丼と一体になり、お米onお米なのに大変深い味わいのある、とされます。委員長のモノローグを聞くだに、これは本当に美味いのでは!? と思うんですが、中々これを作る勢いは持てません。でも、一回は作ってみたいです。そういう謎のインパクトのある創作丼を作るのが、この漫画の作る食べる系としての際立ちです。
 インパクト強いのが多いとはいえ、一応、普通の丼物も作ります。角煮丼とか、親子丼とか。でも、どちらもただ作るのではなく、前者は隠し味に梅干しを、だったり、後者はあえて卵を温泉卵乗せに、と一味効かせてきます。そういう部分も、この漫画の特異というか、折角やるなら似たようなのじゃないのを! という創作魂というものを見えるように思います。それらの作り方もきっちりと掲載されているので、作りたい、と思ったら作れるのがいいです。缶詰海鮮丼とか、手軽に作れるのもきっちりとありますので、面倒なのは、という方も御安心していただきたい。
 さておき。
 この漫画、丼物の美味さというのが絵で表現しきれていない部分が多々ある、というお茶濁し言葉を抜きにしましょう。ぶっちゃけ絵だけでは美味そうに見えない場合が大体です。それでも何ともいえず美味そうと感じてしまうのは、委員長の解説スキルの賜物でしょう。ある意味グルメ漫画としては正しい形で、ギリギリ美味そうという印象を持たせることに成功しています。本当にこれが無ければ箸にも棒にも引っかからないとはまさにこのことレベルの絵柄だったので、委員長の解説スキルさまさまであるとも言えるでしょう。
 さておき。
 委員長、先に堅物で真面目、と書いたかと思いますが、しかし丼に対する欲求を前にした時、彼女は暴君になります。1巻の頃はよく吉田の弱みにつけ込んで丼を作らせるということをしています。この段で、堅物で真面目の部分が悪い方向に発露しているのが分かります。しかし、それでも吉田はちゃんと丼を作ってあげます。それも、適当な仕事ではなく、きっちりと美味いというのが考えられた物を。まずいのを作って切れられても、その方がいいように使われなくなるだろうからかえっていいはずだと思えるのですが、吉田は律義ともいえる態度で丼を作ります。ここに何があるのか。
 ひとえに、愛だよ!
 というのは当然冗談です。冗談ですが、もしかすると冗談ではなくなるのかもしれない。という部分もこの漫画は持ち合わせています。青春時代が夢だってこの頃時々思いますが、吉田も委員長も、いずれこの丼に費やした時期を思い出したら、そこに何かがあったのでは、と思うんじゃないだろうか。そういうエッセンスがちょくちょく振りまかれているのです。吉田が他の女子に丼作っているのを見て怒る委員長とか、丼を試作して委員長が食ったらどう思うだろうか、と思う吉田とか。そういう何とも言えない甘酸っぱさと、それを時々に茶化すのとが混ざって、妙な旨味を持つ漫画に仕上がっています。でも、基本は委員長が丼物を食うだけ。そこはズレないのが安心出来る味わいのある漫画に仕上がっているのが、『どんぶり委員長』なのです。