感想 かんばまゆこ 『名探偵コナン 犯人の犯沢さん』1から3巻

名探偵コナン 犯人の犯沢さん (1) (少年サンデーコミックス)

名探偵コナン 犯人の犯沢さん (1) (少年サンデーコミックス)

 大体の内容「犯人にはこの街は生き辛い」。ある男を殺そうと画策し、米花市に降り立った犯沢さん。電車を降りる段階で自殺志願者のように言われる米花市の恐ろしさが、じわりじわりと読者を笑いに追い詰める。それが『名探偵コナン 犯人の犯沢さん』なのです。

 週刊少年マガジンに『金田一少年の事件簿』があるなら、週刊少年サンデーには『名探偵コナン』がある。前者が犯人視点スピンアウト『金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿』を出したなら、当然この手はありました。そう言う意味では時代が要請した感じの漫画であります。

 ですが、似たような時期に生み出された二作はしかし当然違いがあります。前者である『犯人たちの事件簿』が犯人視点で事件を振り返り、その不手際や厳しさを笑いに転化するのに対し、後者たる『犯人の犯沢さん』は未来の犯人が米花市の恐ろしさを、そこで生活していくことで読者に叩き込んでくるという、あまりに変則的な回転のかかった球で勝負してきました。ぶっちゃけ勝負するところが違う気がするんですが、それはさておき。

 この漫画の白眉なところは、米花市で殺人事件が起こり過ぎているというのを、作中事実として叩き込んでくるところです。先に電車で米花市に降りただけで自殺志願者呼ばわりだったことから始まり、賃貸物件はほぼ事故物件だとか、警察は殺人事件で手一杯で機能がしてないとか、そもそも一度転入すると転出することが現実的にほぼ不可能など、惨憺たる状態にあって、島耕作ならずとも「えらいことになったぞ……」って言わざるを得ない状況にあります。

 これは、『名探偵コナン』が長期連載してしまっているがゆえにあまりに同じところで殺人事件が起きた事で生じたひずみなのですが、それを逆手にとってギャグとして処理してくる手管には脱帽しました。ぶっちゃけどっかのゴッサムシティ並みに治安が悪いんですが、でも盗難とかそういうのではなく殺人一辺倒で治安の悪さを形成している点でどっかのゴッサムシティより遥かにたちが悪いというのが、そのままこの作品を成り立たせている、というので、もうとんでもない無茶だと分かっていただきたい。

 その上で、いろんな場所で殺人事件の話に行きあたってしまうんですが、ちゃんとコナンの解決した殺人事件がネタ元だったりするなど、細かく効かせたものがあったりするのも侮れません。刀傷とタンスのやつを見た時に普通に噴出したのでお察しいただきたい。懐かしいなあ!

 さておき。

 個人的に3巻までを通して戦いたのは、やはり3巻で犯沢さんが帰郷する話です。帰郷でどこに戦慄の糸口が、ですが、まず米花市を出ようとすると必要書類が無いと出せない、といういきなり超法規的なことを言い出され、その上何故か米花市から他の所に行くにはやたら金がかかる、というところ。単なる市にしては法律が州法っぽくなってやいませんかねえ! という状態ですが、殺人が日常茶飯事という危険都市米花市だと理解していると、スムースに受け入れられるようになります。慣れ!

 ですが、それはまだ序章。本性は、犯沢さんがヒッチハイクで行く! となって乗れた車が、毛利小五郎の車だった、ということでいとも容易く行われるえげつない行為。出先での殺人事件をガンガンやっていくというものです。隙があればどこでも殺人事件が起きる、という殺人事件強行軍。文字通り上から下から大騒ぎです。最初から並走する車で殺人事件が! だったのでもう本当にどこででも起こるというのが理解出来て、後は流れでお願いします。とばかりに殺人事件を許容する自分がそこにいたりします。『名探偵コナン』おっかねえ・・・『名探偵コナン』信用できねえ! そう言う恐怖も併せ持つのが『犯人の犯沢さん』なのです。

 というか、これだけのものをみてまだ殺人を犯そうと思っている犯沢さんのメンタルが凄い。そう皆様も思うかもしれません。しかし、この米花市の人たちはそれ以上のメンタルの持ち主です。犯沢さんは賃貸物件を考えあぐねて最終的にシェアハウスなら事故物件でも怖くない! としたのですが、そこに同居しているのはパリピな人たち。相性が悪い・・・。な犯沢さんですが、彼らが明日をも知れないがゆえにパリピしている、パリピしないで死ぬくらいなら。という、普通に考えると何言ってんだこいつ? な発言をしてくるのです。ついでに新しい大家さん(元の大家さんは出た次の回で殺害された)が家賃を催促してきて、ちょっと、といったら明日生きている保証があるの? とか言い出してもう駄目。どんだけなんだよ米花市。

 とにかく米花市の連載超長期化故のゆがみによって生み出される笑い。それがこの漫画の持ち味。それだけは覚えて帰ってください。