感想 佐藤両々 『あつあつふーふー』1巻

 大体の内容「ある看板娘の日常」。佐藤両々先生という方については恥ずかしながらここ3〜4年、『わさんぼん』からの読者なので、にわか全開であったりするんですが、ゆえにこの漫画の帯における「佐藤両々初の高校生ヒロイン」というのにエッー!? と思ってしまったり。にわか知識でも、確かに社会人出てくる漫画しか知らないなあ、と気付かされますが、だからと言って凡百の女子高生可愛いやったー! という漫画ではないのが、この『あつあつふーふー』なのです。
 もうちょい内容について詳しく書けば、お好み焼き屋「玉名」の看板娘、蘭ちゃんの日常を描いた物でありますが、蘭ちゃん女子高生なのに学校の場面よりどうにもメインはお店の方である、という認識をしていい漫画です。店で騒々しく仕事をしている蘭ちゃんは輝いていますし、家族経営なので家族皆で忙しそうにしてるのもまた、味わい。そういう意味においては、これも両々先生の職業系漫画の一種として、お好み焼き屋と看板娘というのを描いているんだという事であると思ってみたり。つまり、いつも通りの佐藤両々漫画と言えましょう。
 しかし、そのいつも通りの中には、篭められる物は全て篭めてやろうという佐藤両々先生の強い想いがあるように見えます。それは蘭ちゃんの恋心だったり、兄さんとその幼馴染と蘭ちゃんの友達との三角関係未満だったりの恋愛要素がまず一つ。どちらも蘭ちゃんが絡んできているんですが、それがなんとも言えず、簡単にはよーいかんよなあ、という感想を抱かされます。恋心の方はその相手先が蘭ちゃんの友達に向いていたりしますし、三角関係も蘭ちゃんは幼馴染を応援したい気持ちがあるけど友達との兼ね合いもあり、という込み入りっぷり。そういうの最初の1巻の段階で、色々と盛り込んでくるその意欲というのはいかばかりか。容易くは推し量れない物があります。案外短期連載の予定だったのかなー、とか思うんですが、その辺は藪の中であり、邪推するしかありません。しかし、短期間にぶっこんだ事により、作品の旨み、味わいがぐっと濃くなり、美味い物として立ち上がっているのもまた事実。
 別の要素としてキャラクター、人物像的な話をすると、やはり蘭ちゃんの父ちゃんとお母さまが素晴らしい。父ちゃんはヒゲもじゃの厳つい風体ですが、蘭ちゃんにはベタベタ甘々で完全な親バカとして存在感を魅せてくれます。お好み焼きの腕は逸品だけど、そこによって引き起こされる蘭ちゃんかわかわとそれに対する蘭ちゃんの反応の漫才的な部分が客に好評で、それも込みで贔屓にしている人が多い、というのもまたよし。小さい店だから出来る味わいであります。対してお母さまはこの父に対する強烈なカウンターとして時に働き、あるいはこの漫画で一番肝が据わっている人でもあります。展開の中に突如妊婦が破水するというのがあったのですが、父ちゃんが全く役に立たない中、全ての取り仕切りをしたのがお母さま。如才なく、漏れなくきっちりした動きであり、やっぱり母は強しだなー、という理解にさせられました。そこ以外でも兄さんとその幼馴染の関係の微妙さも素晴らしい。この巻の中で二度三度と状況が揺れ動くのがまた。兄さん、昔ちゃんとしないといけなかったのの感想戦みたいな展開だったりしますが。そこもどうなるやら、と思わされますが、いい方向に行って欲しいと思うのは、やはり見る者の贔屓目なんでしょうかね。
 後、広島弁というファクターも重要ですね。『わさんぼん』でも京言葉を上手く使っていた印象がありましたが、広島弁も方言の良さというのが作に活かされているのを感じました。自分の郷里の言葉と近しいので、濃い目の方言でも大体の意味は通じるのもありますが、そういう言葉が持つローカル性、地域性というのがしっかりと作の足元を固めている印象です。あとがきでは色々違う! って言われてるそうですが。まあ、こういうのは本当に地域で違いますからね。でも、いいなあ、方言。って思ったりも。
 さておき。
 そういう要素ががっつりと、複雑に入れ込まれているのが、この『あつあつふーふー』なのですが、これだけ要素があるのに、どれも忽せにされずに高い安定性と味わいのある内容となっているのが凄い事だと思いました。ワテクシ、佐藤両々先生には高い安定性はあるけど、ムチャクチャになる、別の言い方をすると鋭角にとんがった峰、一点突破力がある形となる事は無い人であるという認識でした。『崖っぷち天使マジカルハンナちゃん』ではいつもの安定性が逆に足を引っ張ってる部分、飛び切れない部分がありましたし。そしてそれについてはこの漫画でも確かにその通りで、特にとんがった所は無いんですが、しかしどの要素も、青春的な要素も、ラブ的な要素も、キャラ要素も、職業要素も、言葉要素も、全て高いレベル。それが、どれもお互いを助け合い、活かし合い、伸ばし合っている。それゆえに出来る頂として、この漫画は出来上がっている。そう思ったり。恐らく、10年代の佐藤両々先生の最高傑作になるんではないか。そんな予感と実際を感じるのでありました。