感想 伊藤いづも 『まちカドまぞく』1巻


伊藤いづも『まちカドまぞく』1巻
(画像のリンクが物理書籍のページ、文章のリンクがkindle版のページ)

 大まかなに一言で言うと「シャミ子は今日も元気なんです!」。ある日、突如として魔族の力を覚醒させた吉田優子15歳高校一年生。しかし、その力は基本的に封印されている上に優子さん自体のスペックも低レベル。だというのに、超強いとか世界を救ったとか言われる噂の魔法少女に喧嘩を売らなくてはならなくなったシャミ子(お母様命名のシャドウミストレス優子の略称。気が付いたら知り合い皆に言われるように)の明日はどっちだ! というのが大体の内容です。これがすこぶる面白い。
 この漫画はシャミ子さんと噂の魔法少女とのバトルによってなりたっているなどと、その気になっていたお前の姿はお笑いだったぜ。というどこぞのアスパラガス顔をするくらい、バトル要素は皆無です。そもそも魔法少女物から反転した主役と敵役の立ち位置からして、この漫画がそういう現行の流れとすり合わせないのは読んでいけばすんなりと得心させられることです。その上、基本的にシャミ子さんはいい子で、特に悪事を! ということをするつもりは全くないんですね。そもそも家系的に魔法少女によって月4万円生活をすることを強いられているというので、それをどうにかする、というのが初期のモチベーションだったりする辺りがなんとも不憫です。魔法少女との力の差は歴然に歴然で、戦うどころじゃないというのもあります。その辺、ゼロではなくマイナスからのスタートめいています。それでも果敢に、世界征服とか自己の欲望の為とかではなく、家計の為に頑張るシャミ子さんは、だからいい子なのです。
 そんな訳で、偶然知り合って偶然同じ学校同じクラスだった魔法少女の桃さんとは、モチベーション的にもシャミ子の精神性的にも俺は貴様をぬっ殺す! という修羅場鉄火場の雰囲気は全くなく、むしろ桃さんの方はシャミ子さんが道を踏み外さないか、と老婆心全開で付き合っているせいでなんだかのほほんとした能天気さが炸裂します。ここに善悪という対象物は存在せず、ただシャミ子さんと桃さんとの触れ合いだけがあります。何これ。いちゃいちゃ? 百合百合?
 さておき、シャミ子さんがいい子なのは前述ですが、桃さんもいい子です。前述のように道を踏み外さないか、という老婆心を全開していたり、魔法の飛び道具の練習に付き合ったりするだけで、シャミ子さんを排除しようとはしません。倒して心をおろうともしないし、あげくシャミ子さんの妹の誕生祝いの話では色々と便宜を図ってあげたり物をあげたりしています。偶に本人の傾向としての鍛える方向、マッスルな意味で、へとシャミ子さんを導こうとしたりしますけど、これも前述の老婆心と軸線は全く変わらない、シャミ子さんのことを思っての行動です。だから桃さんはいい子なのです。
 何故、桃さんはそこまでいい子なのだろうか。そう疑問を思われる方もいらっしゃるでしょう。これについては、1巻段階では詳述されてはいません。ただ、桃さんは過去になにやらうっくつしたことがあったようだ、というのは提示されます。それが何なのかは、桃さんの口から出るまではたぶん秘されることでしょうが、その部分が、ある種負い目として桃さんを縛っているのではないか、というのはなんとなく理解できます。それが、桃さんのいい子であることの理由です。そう言う意味では、まだシャミ子さんと桃さんとは、じゃれあって仲良くはなっているけどちょっとズレのある仲でもある、とも言えるかもしれません。そこを、シャミ子さんがどう超克するか、というのが今後の見所であると言っていいとおもいます。それがどうなるか、というのは、夢の中の桃さんのうっくつを危機管理モード(力がちょっと戻って出来るようになった変身。15歳としては破格のボディが惜しげもなく)で吹っ飛ばしたシャミ子さんなら、なんとか出来るようにも思えるのですが。
 そんな訳で、逆境に立ち向かういい子のシャミ子さんと、逆境から目を逸らしているいい子の桃さんのお話。それが『まちカドまぞく』なのでは、と思うのですが、さて、今後はどうなりますやら。