感想 倉尾宏:武論尊:原哲夫 『北斗の拳 世紀末ドラマ撮影伝』1巻

北斗の拳 世紀末ドラマ撮影伝 1巻 (ゼノンコミックス)
北斗の拳 世紀末ドラマ撮影伝 1巻 (ゼノンコミックス)

 大体の内容「漫画? ドラマしかないだろ」。ということで漫画原作ありとしてのドラマ『北斗の拳』ではなく、ドラマ自体がオリジンな『北斗の拳』をやる漫画。それが『北斗の拳 世紀末ドラマ撮影伝』なのです。
 「もしも『北斗の拳』が実写TVドラマだったら!!?」
 もうこの一文をこさえたたけで正気を疑われるレベルの漫画なのは分かっていただけるでしょう。しかし、こんなに正気の度合いがヤバいのに、作品としてのつくりはきちんとしているという、私たちの言う正気とは違う、異次元人の正気なのか!? くらい惑乱する狂気と正気の混ざり具合がえらいことになっています。
 名作には色んなものがつきもので、それがパロディだったりオマージュだったりパクリだったりするわけですが、最近はスピンオフ、あるいはスピンアウトという形でこのタイプのつきものを処理するのが流行しているといえます。それは『カイジ』シリーズのスピンオフであるカイジライバル三部作とか、『仮面ライダーW』正統続編の『風都探偵』とか、『刃牙』シリーズの人気キャラのスピンアウトである『烈海王異世界転生しても一向にかまわんッッ』だったり、『ガールズ&パンツァー』の作品群とかがありますが、これらの特徴は原作にかなり擦りに行くムーブをするところでしょう。
 個人的には『烈海王異世界転生しても一向にかまわんッッ』の鬼相手のピクル対策擦りとかはこのタイプの擦りの真骨頂だったと思っています。それはこの擦り方の、原作であるムーブであるがゆえに原作を強く意識させつつ、そこをどう魅せるか、みたいなやり口が大変上手いからです。原作のそことってくる! というのが擦りとして大変正しく、見たかった! という気持ちにさせてくれるのです。
 翻って撮影伝の方は、これらとはアトモスフィアがやや違います。漫画原作のTVドラマとしての『北斗の拳』ではなく、これがオリジナルで、という今までの擦りタイプのスピン系とはまた違う、新たな境地に辿り着いてしまっています。ギャー!なぜそこに辿り着いたー! とクラウザーさんの声が出てしまいます。
 とはいえ、この漫画はオリジナルな展開を、擦りをするのは撮影の裏側だけで、表側、つまりドラマの方は完全に元の『北斗の拳』のそれが為されています。つまりあくまで、その裏側を見る作品なのですが、そもそもTVドラマにすらなったことがないし、映画? なにそれ? なのであり、そもそも裏側はねえよ! です。しかし、そこをもりもりと捏造していく術が熟練の手並みなのです。
 こんなに捏造うまい人どこに居たの!? レベルで怒涛の如く話を捏造していく様は舌を巻きます。原作のエピソードの細かいとこを、ドラマとしてしたらどういう形でかな? という思考と、ちゃんといかない現場の判断で原作の流れとかみあっていくというアクシデントの発想が尋常ではありません。
 ドラマ撮影として粛々と進まないからこそ出来るダイナミズム、というのが、原作の裏側であったのだ! みたいな顔をしてきます。そして、いやねえから! というツッコミを無効化して突き進む様はまさに猪武者といった趣です。これで猛然とつっこんでただけならいいんですが、完全に理知の目で逃げるこちらを正確に狙ってくるのでたちが悪すぎます。
 そのあまりの上手さは試し読み出来るのでそれで確認して頂きたいのですが、個人的に1巻範囲内ではハート様役の人の話が素晴らしかったです。過去のトラウマからいいガタイだけど痛がり、というハート様役の人の痛がり対策とバンプアップ策によって、ちゃんと原作のハート様になっていく、そしてハート様戦になっていくという納得の仕上がり。なのに、それが完全に捏造! というので惑乱するしかありません。ついでに、痛がりをいてーよー!! で活用する目配りもあり、本当に捏造なのに腑に落ちる内容が多いのです。何これ。
 あと、この巻のおまけのちょっとした描き下ろしも小ネタが効きつつ、そこはちゃんと掘るのね、というのも見事です。特筆するなら、『北斗の拳』を読んだ人なら一度はなるであろう、種もみ爺さんに対してケンシロウが言った、
 「久しぶりに人間にあった気がする…」
 に対する、じゃあバットは!? 目の前にいるバットは!? をちゃんとおまけネタとしてやってくれます。この部分だけでその擦り力に無限の信頼が生まれます。やっぱりそう思うよね。
 ということで、擦りの力を一手ひねることで異常なレベルでこうきたかー! させてくれる、そういう仕上がりの擦り漫画。それが『北斗の拳 世紀末ドラマ撮影伝』なのです。2巻も出るのが確定的になってるけど、これ今後色んな北斗キャラが擦られるのが楽しみ過ぎませんかねえ……。
 とかなんとか。