佐藤ケイという作家に対する一仮説「萌えキャラ創作者」

 佐藤ケイは萌えキャラを常の域を超えた方法で創作する。 これはいわずと知れた事である。 例を挙げれば「私立!三十三間堂学院*1」では仏様から(正確には千手観音関係の仏&風神雷神から)キャラと関係を考えるという方法を取ったりする。 「天国に涙はいらない」シリーズ*2では「萌え」要素に対して著しく反応するキャラというかアブデルが*3を配置する事で自然と出てくるキャラの「それ以外」へと読者の目を向けさせる方法をとっている。
 つまり。

まず萌えキャラがでる→アブデルがくらいつく→読者が引く→その引いた視線でキャラをみる。

 という風に。*4
 このように特殊なキャラ作りをする佐藤ケイの能力を普通に発揮したのが「病弱妹」こと「LAST KISS*5」、異形の発露が「ロボット妹―改め人類皆兄妹! 目醒めよ愛の妹力*6」である。 「LAST KISS」の方はいまだ読んでいないので*7、ここは「ロボット妹」を俎上にあげて解説しよう。
 「ロボット妹」はまず「美少女キャラ」の設定が狂っている。 「ロボット妹」もえみちゃん一号は等身大ロボットで謎のパワー「妹力」(説明になっていない説明が一応される)を持って、異星人だろうがナンだろうが「兄弟愛」を強要し、そして中身というか小さくなった操縦者がなぜかバンカラ番長(もちろん男)である。 ここまででも頭が痛いが、さらに「妹力」をあげる為に「妹言葉」を自主的に且つ正体を知っている博士に大しても使う必要があるというのだからどうしようもない。 しかも話が進むうちに番長が「妹言葉」に慣れてしまい、製作者で正体を知っている博士まで萌えさせ始めるにいたる。 その上、「兄弟愛」の対象である異星人もまた、もえみちゃん一号(正体は男)に著しく萌え始め、動作不良を体調不良と勘違いして慌てたり、いいなずけに「兄弟愛」がばれそうになってやっぱり慌てたりと、もうほほえましいとしか言いようが無い展開が繰り広げられます。
 ですが読んでいる途中で、はた、と気が付くと、読者の方も慣れてしうのか、「中身が番長」という事実がどこかにイってしまい、「もえみ」というキャラがいるような一種の錯覚を覚えてしまうのである。
 すなわち、「ロボット妹」という本はその一冊で「ロボ」を「萌えキャラ」へと消化する物語のなのである。 ここに佐藤ケイの真髄がある。 きっと。

*1:一巻:ISBN:4840229406・二巻:ISBN:4840232091

*2:1:ISBN:4840217378・2:ISBN4840217769・3:ISBN:4840218676・4:ISBN:4840219478・5:ISBN:4840220115・6:ISBN:4840220956・7:ISBN:4840222509 ・8:ISBN:4840223165・9:ISBN:484022434X ・10:ISBN:4840226938・11:ISBN:4840231265

*3:なんだか、回を重ねるほどにおかしくなってきてるような。 十巻の「孕ませたいんだ!」発言はどうしようかと

*4:「三十三間」では主人公をパーフェクト超人にするという今時珍しい方法で読者を「主人公」視点からはずす。

*5:ISBN:484022160X

*6:ISBN:4840227543

*7:ただ、「失われる者」の話に「主人公に惚れている人」というクッションは有効である。 かの「君が望む永遠」がそのクッションからいきなり引き剥がす事で事態を重く且つ急展開させている事からも判るだろう