一誌通して読む事で生まれる何かって何だよ!

 基本的にそんなに漫画雑誌をちゃんと通読する方ではなかったワタクシですが、この数年できらら、MAX、キャラット、ミラクと自分で買い始めてからは、何故か通読するようになってきました。何故か、と言いながらも大体の理由は分かっており、一つはアンケートに答えて物貰おうという根性が、全部の評価を付けないといけないのとミクスチャーして全部読む事になっている。次の一つが単純に金出してるんだから全部読まないと、と言う貧乏性。最後の一つは普通に大体が面白いと思っているからです。この中で最大なのは最初のアンケ回答欲で、次に大体が面白い、最後に勿体無いの順でしょうか。やっぱり、アンケ回答欲と言う名の物欲は強いと言うべきでしょうか。
 そんあアンケ回答ですが、やっぱり大体面白いという中で差をつけないと意味が無いという事で、毎度どこを1(良い)の枠組みで、どこを3(悪い)の枠組みで、というのに悩みます。好き嫌い、で選ばないようにしたいんですが、でもアンケなんて好き嫌いでいいよな、とも思うわけでありまして、つまり何がいいたいかというと3つけるのにセンスがいるなあ、とか。全部1で良かったらいいのに。それぞれ1つけただけで差が分かればいいのに。うん、無茶言ってる。
 さておき。
 1をつける傾向はどういうのがあるか、例えばきらら本誌で言うとどうにも前と後ろに重点する場合が多いです。雑誌の顔と雑誌の締めに、いい印象を持っているとでもいいましょうか。それよりも、きらら本誌は今、中間層がぬるっぺったいというか、軟弱だからでもありますが。それがより前衛後衛の手堅さを感じたり。これがきららミラク辺りになると意外とバラけた感じに。まだ誌面の顔が定まってないから、というのもあるからでしょう。でも今月出た号、2012年3月号では好きなのが前と後ろに固まる形というきらら本誌と似た感じになってたりしてるというか。それでも結構バラける感じなのが、まだまだ若い葉である、という証左なのかもしれません。
 さておき。
 一誌通して読むというのに効果はあるのか、と言う問いを思いついてみましたが、たぶんあるんじゃないか、と。アンケ回答出来るのもあるんですが、それは同時に自分がどういう漫画を高く評価するか、というのを一誌通して見る事で把握しやすくする効果があるのでは、と。一作品だけとか見てるとそれだけにナイズドされて視野が狭まり実際ヤバイ。しかし一誌通読すればその漫画の雑誌での立ち場などが垣間見れたりするので実際スゴイ。彼女が出来る。という冗談はどうでもいいですが、好き嫌い、あるいは出来不出来というのが鮮明化するように感じます。数当たるのは、そういう側面があるなあ、とかなんとか。
 あー、今日もダラダラ書いた。