ネタバレ感想 篠房六郎 『おやすみシェヘラザード』3巻

おやすみシェヘラザード (3) (ビッグコミックススペシャル)
おやすみシェヘラザード (3) (ビッグコミックススペシャル)

 大体の内容「夜話から逸脱し始めた。いいぞ!(歓喜)」。映画夜話する、その夜話がクソタレ下手。というのがアイデン&ティティだったこの漫画も、そこから徐々に逸脱し始めました。出来なくなってきてからこそが、こういう漫画の面白さが、作者の力量が分かってくる訳ですが、にしたってお前もうちょっと手心というかさあ! するのが『おやすみシェヘラザード』3巻なのです。
 実際問題、今回の巻でしえ先輩が夜話するのが2回しかない、というのでおやすみとは……。と呆然自失してしまいます。でも、そういうのではなく、しえ先輩の下手くそ映画語りが世に広まっていくのだ、という風に見ると、それはそれで味わいが深いというか、あんな危険物を世間様にぶっかましていいのかというか、とにかく危険な野獣を野に放つ感がある展開になりつつあります。大丈夫なのだろうか。という老婆心がバリンバリンします。危なくないのか?
 さておき。
 そうは言っても、下手くそ映画語りが減った事実は切ないところです。ちゃんとした映画語りも出来るんだぜ!? というのは理解してましたが、でもそこをあえて下手くそにするのがよかったんじゃあないですか。なのに、なのに……!
 という謎の視点を介在しないで、あえてベタに見れば、この漫画に出来ること、というのが幅広くなってきた、というのは大変良いことです。篠房六郎先生のテクは実際凶悪なので、それが牙をむくというのは、ほんのりながら篠房六郎ファンである私などには堪りません。この巻で言うと、『私の頭の中の消しゴム』を『イレイザー・ヘッド』と取り違える事で生まれるアトモスフィアの奇怪な回と、『ベニスに死す』を腐女子視点で見ることで一気に話がおかしくなる回が、ウルテク極まっています。
 『イレイザー・ヘッド』回はぼんやりとした『私の頭の中の消しゴム』の要素を、『イレイザー・ヘッド』にあることとして確認していく、という取り違えネタですが、よりにもよって取り違えるのが『イレイザー・ヘッド』なのに、なんかその通りなのかもしれない。という謎の納得をさせられつつ、要所要所でやっぱり『イレイザー・ヘッド』は頭おかしい、という感想だけが脳裏に残るという、亜空の回です。よくよく考えると『イレイザー・ヘッド』の話を淡々としているだけなのに、今回が頭おかしい感じになる、という辺りに『イレイザー・ヘッド』のヤバさが垣間見えます。
 『ベニスに死す』回は、ふらんさんが好きな映画として『ベニスに死す』を上げた、それも腐女子視点で、というので、まだまだあかんなあの子は! としえ先輩がいきり立つ、だけなら良かったんですが、その腐女子視点をしえ先輩も獲得してしまい、映画の登場人物が一々腐女子尊い! のムーブをしだす妄想に取りつかれてしまう、という、成程、ミーム汚染。という回です。端正な篠房六郎絵で尊い! ムーブをすると破壊力が半端じゃないので、印象に残り過ぎます。『家政婦は黙殺』とか思い出すあれです。その回のオチでのしえ先輩のポンコツっぷりも相まって、記憶に残る回とであるかと。
 どっちにも言えるのですが、やはり篠房六郎先生の端正でしっかりとした絵で頭のおかしいネタをすると、映えるのが極まり過ぎてギャグになってしまうとう現象が起きています。元々そういうネタでやってた頃もある篠房六郎先生だからこその、その手筋をしっかり見せてくれますと、自分などには大変クリティカルであります。このまま夜話しなくなるウルテクをしてくるのか、それとも夜話をするウルテクを見せてくるのか。どちらにしてもウルテク見せて欲しい。そう思うのでありました。