感想 安堂友子 『マチ姉さんの妄想アワー』上・下巻

 大体の内容。「鬼神のごとき昔話クラッシュ!」。桃太郎やシンデレラ。誰もが読み聞きした作品を、ちょっとうろ覚えなせいで全くの原作クラッシュになってしまうマチ姉さんの明日はどっちだ。それが『マチ姉さんの妄想アワー』なのです。
 この漫画は昔話クラッシュ系、という系統的に言うと増田こうすけ先生のそれに位置する、というとちょっと混乱があるんですが、基本的にはそこにあると言って差し支えない作品です。昔話ならいくらクラッシュしてもクレームはこないぜ! と言わんばかりに昔話をクラッシュしていくその様はいっそ清々しいレベルです。とはいえ、クラッシュするにしてもエログロは一切ないので、お子様にも安心。むしろ原作より倫理観を育てるのに適しているくらいです。いいか小僧、これが、世の中だ! って感じの話に降りていくので本当にいいのかと言われると伏し目がちになりますが。
 さておき。
 昔話ネタ、でもそれって数は無限じゃないでしょう? という点に対しては、昔話ネタ、それを一回だけしか使わないと誰が決めたんだ? という西城秀樹声で高らかに歌い上げるが如く、いろんな角度で昔話をクラッシュしていきます。切り口さえ違えば、いくらでもできるのさ! というそのテクニック、ちぃ全部覚えたーっ!(チャカ顔で)
 冗談はさておき、その切り口さえあればいくらでもできる、というのの最右翼は、泉の女神。つまり、金の斧と銀の斧です。これがネタとして多くなる、というのは、何かを落としてそれのグレードアップ版を提示する、というムーブが沢山の切り口を誘発するからでしょう。落とした物とそのグレードアップ版がいくらでも考えられる。けれど似た話にはならない、というのがまたこの漫画の非凡なところです。個人的には落とした物に対してグレードアップ版が全然大したものじゃない、ということはこれ落としたの……。ってなるネタが好きです。落とした物に対するグレードアップ版の絶妙さ加減が本当に素晴らしいのです。それは、ああ、これはこの人……。ってなるレベル。本当に絶妙です。
 さておき。
 この漫画は一応、マチさんの寝物語として、それがちょっと違う! というていで始まりますが、流石に内容がフリーダム過ぎて寝物語として不適、となってから、徐々にマチさん家族の奇人っぷりがフューチャーされていきます。マチさんが迷子スキルと妙なものを拾ってくる癖と食事に凝ったものを作ろうとするとヤバイことが起きる能力に、この昔話クラッシュが加わって最強に見えますが、上の姉二人も世紀末ヒャッハー世界の人みたい奇人と対人恐怖症が行き過ぎて奇人とで、かなりぶっ飛んでおり、更に兄弟も若干劣るとはいえ結構ヤバイので、全方面ヤバイという奇跡の家族が生まれることに。このぶっ飛んだ家族の話だけでもこの漫画はもっていけるくらいのパパパパワーがあるんですが、それはあえてしない、その回の最初と最後の一本だけしかしない、という立ち振る舞いで、それが故に余計に多弁というか、最初と最後でインパクトを残そう。という意志力に繋がって、だからもう一段余計に印象に残る仕儀となっております。それでもマチさんが印象にきっちり残るところも含めて、見事な匙加減といえるでしょう。非凡!
 ということで、昔話を多方向からクラッシュをしつつ、ヘンテコ家族漫画でもある。それが『マチ姉さんの妄想アワー』なのです。