ネタバレ?感想 木村風太 『運命の巻戻士』1〜5巻

運命の巻戻士(1) (てんとう虫コミックス)
運命の巻戻士(1) (てんとう虫コミックス)

 大体の内容「運命に抗え!」。時空間を操る能力というのは、能力物の中では最上位の能力になりやすい。その最もたるのは、荒木飛呂彦ジョジョの奇妙な冒険』の第三部のボス、DIOスタンド能力、ザ・ワールドの時間停止。これはその後に色々な破り方を荒木先生すら考えることになるレベルで人口に膾炙したものです。
 このような時空間や吉凶などの人間には基本操作できないものを操る、所謂概念系能力は大体チートと呼べる強能力になりますが、そのタイプの、時間の巻き戻し能力で人々を助ける漫画。それが『運命の巻戻士』なのです。
 この漫画は巻戻士として人々を助ける仕事をしている若人、クロノを軸に、巻戻士の活躍を描くものです。
 巻戻士は前述のように、時間を巻き戻すことができます。勿論、巻戻士はその時の記憶をもって巻き戻せます。何が起こるか分かっているからの動きが可能になる。この一見チートな能力で、悲運により死んでしまう人を助ける訳ですが、そんなチート能力があるなら、助けるのは余裕だろう。と思われるかもしれません。

 だがしかし! まるで全然!
 人を助けるには程遠いんだよねえ!

 と4声がまろびでましたが、そんな簡単には人は助けられません。起こる事態に対してどう対処すべきか、というのは実地で確認しなくてはならない。そこで何が起こるかは何度も繰り返して覚える必要がある。そして何度も何度も時を巻き戻して助けようとしても、死はなんとしてもその人を殺そうする*1
 その死に打ち勝つ為、幾度となく状況を巻き戻して起こる事態に対応していくにしても、精神面の限界もある。そこを持ってどうするのか。
 そういう部分が1話の段階で完全に提示してくるから、この漫画は名作なのです。
 面白い漫画は1話目で決まる、というのは『コミックマスターJ』の名言ですが、『運命の巻戻士』はその伝でいけば完全に名作の風格があります。
 開幕からきっちりクロノが出て、その行動なんで? となったところで時を巻き戻し、何度も時間を巻き戻しているのを何回目かのカウントを出すだけで理解させる。そこから、ターゲットをどう助けるか、というのを積み上げてからのこの方法は駄目だと全破棄して、一発勝負に打って出て読みを通してミッションを成功させる、というこの漫画の黄金パターンを1話目で完全に描ききっています。
 よく、漫画の教科書があったらどういう漫画を例として使うか、というのは聞きますが、それの1話目の教科書として、『運命の巻戻士』は例示できる見事のものと言えます。
 逆にいうと、1話目で黄金パターンが確立しているなら、この流れがほぼ全ての話で行われることになる、という一見すると欠陥があるように思われるかもしれません。

だがしかし! まるで全然!
ワンパターンには程遠いんだよねえ!

 と、また4声がでるくらいに、展開の幅は広いです。基本は確かに同じですが、様々な外的要因で状況は目まぐるしく変わり、こうなるならこうすれば、というのが事態の推移で形を違える。これによって話の方向性は同じでもバリエーションはいくらでもできる。ある意味では黄金パターン形成の一つ成功例として名を残せるレベルなのです。
 この黄金パターンの最たる例はクロノの師匠が過去で襲われるのを助ける話で、黄金パターンがあるがゆえの、え? という導入から、師匠を助ける話になった、かと思ったら別の人も助ける話になっていくラインのシームレスさ。黄金パターンずらしからの黄金パターンから、更に黄金パターンに移行する見事な話でした。単行本では4巻から5巻にかけての話なので、気になる方はまだ6巻までしか出ていない今こそ、カカッとかって読んでいただきたいところです。(ダイマ)
 さておき。
 この漫画、コロコロコミック連載作なので、時間遡行という題材は大丈夫? 難しくない? 逆に簡単になり過ぎてない? と思われるかもしれません。

だがし(略)

 と4声は省略しますが、これが絶妙な情報の提示の仕方で、難しすぎず、しかし時間遡行に手は抜かない形になっています。
 先述の通り、1話目で何回も繰り返していることを、カウント一つで表現していますが、これはこれ以後も行われる情報提示です。これの出し方も上手い。何回もやっている、というのをそれだけで提示しますし、師匠助ける回の時にあえてそれを出さないことで情報を制御する卓越した腕前も見せてくれます。
 他にも、この状況ではどう動くか、というのを台詞や絵できっちり提示して行動を起こすことが多いです。何度もやり直す前提だから、予め情報を提示しておくのもブリーフィング感あって違和がない。
 そして、状況が変化したらどうするか、というのをその時にちゃんとやる。ここがこうならこうしたらいい、からのそうするが素早い。そこに変に時間をかけないから、展開がもたつかない。
 こういう部分の情報提示が一々上手く、コロコロでやっている漫画ゆえの部分をこの漫画らしさにすら昇華しているのです。これにより、わりと複雑そうなことを綺麗に理解しやすくしているので、漫画筋が衰えてきたろーとる漫画読みにもありがたい形になっています。
 とはいえ、難点というかこれはまだ掘られてないだけだと思うんですが、クロノとかの巻戻士としての活躍以外の平素の姿というのが全く出てこない点が気になります。一応、単行本特典であるおまけ漫画から察するとプライベートが虚無っぽいんですが、そういうサイドな話がまだされていないので、いつかやってキャラクター性をもりっと持ってほしいとか思います。
 後、誰を助けるのか、というのの基準が分からんというか、どういう理屈でその人を助けているのか、というのが全く提示されていない。組織的には助ける価値がある人を、ということなのか、それとも違うロジックがあるのか。
 その辺りが不明な為、助けられなかった人達というのも当然いる。それの縁者が巻戻士の敵対組織に入って、という小林めぐみ『必殺!お捜し人』の奇跡ハンターコーヒー野郎もかくやの展開もあります。巻戻士という奇跡が届かなかった人たちの話もちゃんとある、ということですね。それがあるゆえに、この辺はいずれ語るつもりだろう、という目算は立ちますし、クロノがまだペーペーなので知らされていないということかもしれません。というか、絶対に何かないといけないところなので、いずれ明かされるのを楽しみにしています。
 さておき、コロコロ系と侮ってみるべきではないくらいきっちりいい漫画。それが『運命の巻戻士』なのです。

*1:成功確率100万分の1、というくらい狭き門です。