キャラクターを動かす

この項について

 『ゲームの歴史』に対する憤りというか、憤懣やるかたが過ぎる為、格ゲーの話を無駄に書いてしまいたいという欲望によってその傷を慰撫する。そういう項となります。
 『ゲームの歴史』では格ゲーは初心者が勝てないから楽しめない。という趣旨をしてきますが、それをスト2の頃から言い出すならまだしも『バーチャファイター』から言い出す為、ココナッツバックブリーカー! と釘宮ボイスが出ようものです。めっちゃ許せんよなあ!
 という怒りを原動力にしつつ、しかし罵倒しても何も始まらないので、そこを取り上げつつ格ゲーの面白さってなんぞや、みたいなことをつらつらと書いて発散するという、生産的なのかなんなのか良く分らんムーブをしてしまっています。あの本を他山の石としたい。という発想でしょうか。
 さておき前回、
hanhans.hatenablog.com
 というのをやりましたが、今回は格ゲーの面白さの比重で実は結構これが高い、というキャラクターを動かすことについてつらつらと語っていきたいと思います。

キャラクターについて

 そもそも論、ゲームというのはキャラクターを動かすことを手段としたものです。キャラクターというレベルではない、棒だったころでも、それをキャラクターとすることは可能と言えましょう。言い過ぎですか? そうかもしれない!(坂口大助ボイスで)
 とりあえず、最初は棒でしたが、それがゲーム機のパワーが上がるにつれてよりキャラクター性を帯びていきます。表示できる情報が増えるにつれて、そのキャラクター性は増していき、そしてそれの行き着く先の一つとして、格ゲーは存在しているのです。
 格ゲーはキャラクターゲームの一つの粋です。言い過ぎではありません。現代においては他にも色々なゲームで、キャラクターを動かすということを施行していますが、格ゲーはその現代においてもキャラクターを動かすゲームの粋であり続けています。一時期のキャラゲーが軒並み格ゲーだったことからも、それがうかがえます。至近でも、『月姫』格ゲーの『メルティブラッド』にFGOキャラが出て話題になっています。優れたキャラクターは優れた格ゲーキャラになる、とでもいいましょうか。
 そうなった理由は二つの動き、つまり多種多様な動きと、キャラクターに沿った動き、この二つにあります。

二つの動きとは

 多種多様な動きというのは、移動行動から攻撃行動まで幅広い動きが用意されていることを指します。
 この多様さは、『ストリートファイターⅡ』、つまりスト2がもっとも例示しやすいかと思います。通常の前歩きや後ろ歩き、しゃがみやジャンプという移動や地上の立ち攻撃からしゃがみ攻撃、ジャンプ攻撃に必殺技と、8方向スティック+6ボタンのインターフェイスによって色んな行動が繰り出せました。
 その動きの数は、実際現代のゲームシーンに至っても数が多い部類に入ります。その多彩な動きを、様々な用途で使う。これにより、キャラクターを動かすというのがダイレクトに感じられるのです。他のゲームでも似たようなのがないでもないですが、格ゲーくらいダイレクトに操作している、というのは操作性に優れてド派手なアクションゲームが相当します。個人的に好きなベヨネッタとかですね。ゆえにアクションとしては上澄みの高い位置にあるもの。それが格ゲーと言っても言い過ぎではないでしょう。
 このダイレクトな操作感を楽しむのも、格ゲーの面白さになります。動かしているだけで楽しい、という領域です。これに、対戦に勝つ、というのが乗るので、格ゲーは更に楽しくなりますが、ただ動かすだけでも、実は楽しいのが格ゲーなのです。
 そこの掘り下げは後でするとして、もう一つ上げたキャラクターに沿った動き、というのは、そのままそのゲームにおけるあるキャラクターの、そうあれかし、という動きのことです。つまり、そのキャラの動きだ、と感じさせる動きということです。
 このそのキャラの動き、というものは『イーアルカンフー』辺りがアクションゲーにおけるキャラクター独自の動き、というのを形にした、と言われています。とはいえ、それは独自だったのは主に敵、つまりCPU側の動きでした。それを進ませたのがスト2、といったところでしょうか。
 スト2のキャラの動き、というのは、ぶっちゃけ言ってしまうと当時見た時は常の域を超えていました。今ではエドモンド本田がスーパー頭突きで横に突っ込んでいく様はイラつきの様式美ですが、出た当初というのは大変な衝撃でした。力士が地面と平行にしつつ頭から突っ込む、というのはある種完全なネタという趣でもありましたが、これが後ろに踏ん張って前に飛んでいく、というタメの動作で出すということがシームレスに理解出来たりしたのです。
 そもそも、力士は低空飛行するわ、ヨガの人は手が伸びるわ、緑の人は電気放つわで、とにかく無茶苦茶な動きなんですが、それが操作ときっちりシンクロする、あるいはそう感じる納得性を持ってもいました。ある意味では異常ですが、ある意味ではそう動くよな、と納得させられたのです。
 この動きに対する納得具合が、キャラクター性と見事にミキシングしている、というのがスト2の偉大なところなのです。

二つの動きの結節点

 上記二つの動き、多様な動きとキャラに沿った動き、というのは以後の格ゲーにもきっちり伝授されていきますが、その現在の一等地は間違いなくGGST、『GUILTY GEAR -STRIVE-』だと言っていいかと思います。多様で攻撃的な動きと、キャラクターらしさというのが勘案された動きがマッチングして、格ゲーというのがまだまだ発展するし楽しいんだ、と思わせてくれる作品になっています。はい、ダイレクトマーケティングです。好きなゲームなのでね。
 さておき。
 多様な動きとキャラに沿った動きをGGSTでいうと、個人的には名残雪というキャラクターが動かしていて面白いし、体現の一つだと思っています。
 格ゲーにはキャンセルという、通常技の動きに必殺技で割り込むシステムがありますが、名残雪の場合はこれが必殺技に対しても適応されており、これにより他のゲームではあまりお目にかかれない動きをすることが可能になっています。普通のキャラなら所謂ゲージを使わないと到達しない火力がするっと出たりします。
 それだけなら無駄に強いだけですが、これにブラッドゲージという特有のゲージが存在し、必殺技を使うと溜るそれが溜りきると大変危険な状態になる、正確にはHPがどんどん減っていく、という枷があるのです。この枷の中でどう動くか、というのが楽しくて堪らないのです。一見野放図になりそうな要素に、このキャラらしさ、というのを流し込む。こういう、多彩な動きとキャラ性の乗った動きがかみ合うのが、GGSTのいいところなのです。

キャラクターを動かす

 それはさておき、キャラクターを動かすとはどういうことか。
 詰まる所、格ゲーの面白さにはキャラクターを自在に操る、というものも存在するのです。それがキャラクターを動かす、という考え方です。そしてそれは腕前が弱くても堪能出来るものです。ついでに言うと、CPU戦だけでそれを楽しむ、というのも当然是とされます。これは『ゲームの歴史』で記載されていた、久米宏さんがレースゲーのタイムアタックを延々としていた、というのと似た楽しさとも言えます。自分の好きなキャラを、そのキャラらしく、且つ自在に操るというのは、それはそれでちゃんと癒しにさえなる。そういって差し支えないでしょう。
 格ゲーは対戦は確かに華ですが、それ以外の部分で楽しんでもいいのですし、それがまた楽しいのも格ゲーなのです。それを感じさせるのが、キャラクターを動かす楽しみ、ということになるでしょうか。

まとめ。そうねえ。

 対戦格ゲーはどうしても対戦という勝負の部分がクローズアップされがちで、そしてそれはそれで正しいんだけど、そこには色々な面白さがちゃんとある、その内の一つがキャラクターを動かすである、という話でした。
 正直言って、格ゲーはキャラゲーなんですよ。動かしたいキャラを動かすゲームなんです。そこはもっと知られてほしいですね。先述の久米宏さんの話のように、ある種対戦でないとこでの楽しみ方が許されるなら、格ゲーだってCPU戦で楽しむのが認可されてもいい、そう思ったのでした。
 とかなんとか言いつつ、今回はここまで。したらな!
GUILTY GEAR -STRIVE- スターターエディション 2022 - PS4